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天女(つばくらめ)8 side楓

ショートケーキの上に乗っかってた大粒の苺を頬張っていると。 テーブルの上に置いていた携帯が、ピコンとメッセージの受信を告げた。 「蓮からか?」 「たぶん」 「そろそろ帰ってくんのかな?あいつ」 「あ…それは、まだ…」 「はあ?ったく、なにやってんだ、あいつは!」 那智さんの苛立ちを受け流しながら画面を開くと、やっぱり蓮くんからで。 俺が頼んだものが送られてきていた。 それを見た瞬間、心の中に温かい幸せな感情が浮かび、思わず頬が緩んで。 そのことに、俺は自分自身への安堵の息を吐く。 「ん?どうした、柊?」 「これ、見て?」 不思議そうな顔をした二人に、それを見せると。 「おおっ!」 「うわぁ、可愛いなぁ」 二人とも一瞬にして、顔が緩んだ。 それは 無垢な顔で眠っている赤ちゃんと その小さな手を自分の手のひらに乗せ ふんわりと幸せそうな微笑みを浮かべた志摩が ベッドに並んでいる写真 まるでおじいちゃんみたいに目尻を下げてそれを見ていた那智さんは、でもすぐにハッとした顔になり、怒ったようなバツの悪そうな、複雑な表情を浮かべて俺を見る。 「あいつ、なんでこんなもん送ってきたんだ。デリカシーのないやつだな」 「俺が、頼んだの」 「え…?」 そうして、蓮くんへの怒りを滲ませたけど、俺がそう言うと、目を真ん丸にして驚いた。 「なんで、そんなこと…」 俺は、もう一度その写真を見つめる。 そっと画面を撫でると、志摩の顔が大きく拡大されて。幸せそうに微笑んでるその頬に、うっすらと涙の跡が見えた。 目の奥が、じわりと熱くなる。 「…もう一度…志摩に会いたいから…」 ごめんね… あの時、心からおめでとうって言ってあげられなくて… 「でも…俺が中途半端な気持ちで会いに行ったら、志摩をまた傷付けるかもしれない。だから、蓮くんに志摩と赤ちゃんの写真を送ってくれるように頼んだの。それを見て…まだ悔しさや悲しさを感じるのなら、俺はもう二度と志摩に会っちゃいけないと思って」 「…で?どうだった?」 一度言葉を切った俺に、誉さんが訊ねる。 優しい微笑みで。 「…ただ、嬉しかった」 赤ちゃんが無事だったこと 志摩が無事だったこと 志摩が幸せそうに笑ってること そのことが本当に幸せだと 「この子…龍に、よく似てる…その子を可愛いって思う自分が…すごく嬉しいんだ…」 胸に残る蟠り(わだかま)が全てなくなった訳じゃない それでも この子と志摩と 龍と 三人で幸せになって欲しいと思う気持ちは 決して嘘じゃない 「…俺も…この子の母親になっても、いいかな…」 新しい命の宿るお腹に手を当てると、堪えきれなかった涙が溢れ落ちて。 ガタン、と椅子を倒して立ち上がった那智さんが、テーブルを駆け足で周り、俺をぎゅっと抱き締めた。 「当たり前だろ!おまえは、もう立派な母親だよ!」 人を恨んだり憎んだりするだけじゃ 世界はなにも変わらない 俺たちは決して飛べない それを教えるために 世絆も このこも 俺たちの元へやってきてくれたのかな…? ねぇ、蓮くん…… 「世絆、っていうんだって、志摩の赤ちゃん」 「そっか…世絆、か…いい名前だな」 「…うん」 「今度、みんなで会いに行こう」 「…那智さんと誉さんで、先に会いに行ってくればいいじゃん」 「ダメだ!行くときはみんなで、な。んで、おまえの妊娠も発表しようぜ。きっと、志摩は飛んで喜ぶんじゃねぇか?」 那智さんの大きな腕の中で、誉さんの優しい眼差しに見守られて。 俺は、写真の中の二人に向かって、もう一度おめでとうと心の中で呟いた。

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