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天女(つばくらめ)9 side蓮
「ふふ…可愛いなぁ…」
志摩くんの横ですやすやと眠る世絆の小さな手に、そっと指を乗せると。
条件反射なのか、弱い力できゅっと握ってきて。
思わず頬が緩んだ。
「蓮さんって、子どもが好きなんですね」
その様子を見ていた志摩くんが、ふんわりと微笑む。
もうすっかり母親の顔で。
「うーん…今まで、自分でそう思ったことはなかったんだけどね。若い頃は寧ろ、小さな子どもは苦手だったし。でも最近、小さな子を見ると無条件に可愛いなぁと思うようになって…年、なのかな?」
少しおどけた声でそう言うと、志摩くんはなぜか目を潤ませた。
「志摩くん…?」
「…ありがとう…ございます…世絆を、助けてくれて…」
ぽろりと零れた涙が、目尻から落ちて真っ白なシーツに溶ける。
「俺は、なにもしてない。君が頑張ったから、世絆が無事に生まれた。全て、君の力だ。龍が前に進もうと思えたのも、楓が前に進めたのも」
「えっ…?」
俺は、ぽろぽろと涙を流し続ける志摩くんに、携帯の画面を見せた。
そこには、ついさっき楓から送られてきたメッセージ。
『世絆、とっても可愛いね。目元は龍だし、口元は志摩に似てるかな?そういや、よく考えたら俺と志摩って兄弟になったってことだよね。世絆って俺の甥っ子じゃん。俺、伯父さんになったのかぁ…なんか、変な気分』
『志摩に、おめでとうって伝えて。そして、お疲れさまって。志摩が元気になったら、今度ゆっくり世絆の顔、見に行かせてねって』
そして、楓と那智さんと誉さんでピースサインで写っている写真。
三人とも、嬉しそうに笑っている。
無理してるんじゃない、心からの笑顔で。
「…柊、さんっ…」
志摩くんが、くしゃっと顔を歪めた。
「お礼を言うのは、俺の方だよ。楓を笑顔にしてくれて、ありがとう。ひとりぼっちだった楓に、寄り添ってくれてありがとう。君がいたから救われたと、楓は俺に話してくれたよ」
「っ…僕っ…僕…柊さんを、また苦しめたんじゃないんですか…?あの時、僕っ…謝りたいって…なんにも知らなかったこと、謝んなきゃって…それしか、考えられなくて…そのことを、柊さんがどう思うかなんて、考えて、なくてっ…」
「楓は、苦しんではいない」
「でもっ…」
「写真、見ただろう?楓は、ちゃんと笑ってる。世絆が生まれたことを、心から祝福してる。誰よりも楓のことを知ってる俺が、そう感じるんだから、間違いないよ」
「…蓮さん…」
「本当に、君には感謝している。バラバラになった俺たち兄弟を、君が繋いでくれた。君の存在が、あの日から止まっていた俺たちの時間を、前に進めてくれた。今まで、楓は自分から龍のことを話すことは出来なかった。でも、世絆が龍に似ているって、世絆が自分の甥だって、そう言ってただろう?今の楓は、世絆のことも君のこともちゃんと受け入れてる」
「ほんと…ですか…?」
「ああ。龍もそうだ。あいつ、今ようやく強くなろうとしてる。君と世絆を守り抜くために」
「龍さん、が…?」
「君が、いてくれたから。二人とも、今変わろうとしてる。二人の兄として、お礼を言うよ。本当にありがとう。楓の側に、龍の側に、君がいてくれてよかった」
「っ…蓮さんっ…」
「今度、世絆を楓に会わせてやってくれ。きっと、喜ぶから」
泣きじゃくる志摩くんの背中に、そっと手を伸ばそうとした時。
それまでよく眠っていた世絆が、突然ぎゃーっと大きな声で泣き出した。
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