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天女(つばくらめ)10 side蓮
「ああ、お母さんが泣いてるから、世絆も悲しくなっちゃったのかな?俺が、抱っこしてもいい?」
「あ、はい。すみません」
まだ起き上がることが出来ない志摩くんに代わって、世絆を抱き上げ。
「世絆、大丈夫だぞ?お母さん、泣いてないからな」
あやしながら、志摩くんにハンカチを渡す。
志摩くんが顔を拭ってる間、背中を指先で軽くトントンと叩きながらゆっくり揺らしてやると、やがて泣き声は小さくなり、またうとうとと微睡みだした。
「…蓮さん、子どもあやすの上手ですね。なんか、手慣れてるっていうか…」
「ああ…まだアメリカにいたころ、同じ職場で働いてた夫婦の子どもをデートに行くからって何度か無理やり押し付けられたことがあってね。当時一緒に住んでたやつは子ども嫌いだったから、俺が一人で面倒見なきゃいけなくて…その時に、見様見真似だけど一応一通りのことは出来るようになったんだ。ミルク作って、オムツ替えて。お風呂も入れられる」
「すごい…そういうの、全然興味なさそうなのに…って、ごめんなさい、失礼ですね」
「いや、大丈夫だ。自分でも柄じゃないって思うよ」
「柄じゃないっていうか…イメージですけど、家庭人っていうより、バリバリの仕事人間って感じがするので…。でも、すごく素敵ですね。もう、いつパパになっても大丈夫なんですね」
「…そう、だね」
自分でも意図せず、返事が詰まってしまって。
志摩くんが、失言したって顔に書いて、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんなさい…」
「いや…いつの日か、そうなったらいいと思ってるよ。楓と可愛い赤ちゃんと三人で…いつかそんな日が来る。そう強く願えば、きっと叶うと信じたいんだ。俺が楓と再び巡り会えたように…奇跡は、きっと起きると」
願いを込めて、強くそう言うと。
志摩くんは涙ぐみながら、大きく頷いた。
「はい。僕も、信じます」
「…ありがとう」
「…本当に…奇跡ですよね…」
「え?」
「僕が柊さんと一緒に住んでるとき…柊さん、いつも空を眺めてました。哀しそうな横顔で…蓮くんって、何度も呼んでました」
そう言いながら、昔を思い出すように遠い目をする。
「その姿が今にも幻になって消えてしまいそうに儚くて…僕、すごく怖かった。別れるとき、蓮くんにもう一度だけ会いたいって言ってて…その、もう一度だけ、って言葉が、もしももう一度蓮さんに会えたら、本当に泡のように消えてしまうんじゃないかって気がして…僕、心のどこかで蓮さんに会わなければいいと思ってた。ごめんなさい…」
「…いや…いいんだ、謝らなくていい」
その予感は当たってたのだから…
心で呟いた声は、口に出すことはなかった。
あの、江ノ島で海に身を投げようとしていた背中が脳裏を過って、思わず目を伏せる。
「だから、蓮さんと番になったって聞いて、すごく嬉しかったはずなのに…僕、自分のことで頭がいっぱいで…柊さんにおめでとうって言えなかった…ごめんなさい…」
志摩くんは、また泣き出してしまって。
俺は眠ってしまった世絆を片手で抱き直して、空いた手で志摩くんの肩をそっと掴んだ。
「君がもう少し元気になったら、楓を連れてくるよ。その時に、言ってやってくれるか?」
「っ…はいっ…その時は、お義父さんにも会えますよね?お義父さん、柊さんのこととっても心配してたから…意識が戻ったら、柊さんに会わせてあげたい…」
泣き笑いで言った言葉には、曖昧に微笑むしか出来なくて。
「世絆もまた眠ったし、君も少し休んだ方がいい。たくさん話して、疲れただろう?世絆は、このまま俺が新生児室に連れていくから」
「あ…はい、ありがとうございます」
「また来るよ」
無理やり、話を終わらせると。
志摩くんは素直に頷いて、目を閉じる。
すぐに聞こえてきた規則正しい呼吸の音を聴きながら、俺は世絆を抱えて病室を出た。
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