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天女(つばくらめ)13 side楓
九条のお父さんが俺の本当の父親だってことは
頭ではちゃんとわかってる
でも
俺にとって九条のお父さんは
ずっと遠い人だったから…
正直
今でも本当のお父さんと言われてもピンと来ない
あのアパートから九条の家に引き取られてから
俺に九条のお父さんとまともに話した記憶はない
九条のお父さんはとても忙しい人で
家には一年の1/3もいなかったし
いたとしても
いかにもαらしい大きな身体と独特の威圧感で
近づくことすら出来なかった
あの家に引き取られるまで俺は
Ωであるお父さん以外の人と殆ど接触はなかったから
強いαである九条のお父さんが怖かったのもある
そしてもうひとつ…
九条のお父さんの顔を見るたび
亡くなったお父さんのことを思い出したから…
いつも遠くを見つめていた
哀しげな瞳を
その視線の先に九条のお父さんがいたことを知ったのは
いつの頃だろう
その眼差しを思い出すたび
満たされないヒートの嵐のなかで
ただ兄さんと呟いていたお父さんの苦しげな声を思い出すたび
薄汚れた塵のような醜い感情が
少しずつ心の奥底へ溜まっていくような気がした
それがなんなのか
最近わかった気がする
俺は九条のお父さんを恨んでた
どうしてお父さんを見捨てたのか
どうしてお父さんを番にしなかったのか
どうしてお父さんが死ぬのを止めてくれなかったのか
頭ではわかってるんだ
九条のお父さんにだってきっと何か事情があったんだろうってこと
わかってる
でも感情がついてこない
蓮くんと番って
幸せだと実感するたび
お父さんにもこんな幸せを感じて欲しかったと思ってしまう
だって俺の中のお父さんは
消えてしまいそうに儚い姿しかないから
「楓…」
ポツポツと、時々言葉につかえながらも話す俺の手を、春くんはずっと握っててくれた。
「こんなこと、思うなんて…最低だよね、俺…」
「そんなことないよ」
「ううん…わかってるんだ。お父さんが死んで、一人で生きていくことなんて出来ない俺を引き取ってくれて、蓮くんたちと分け隔てなく育ててくれたこと、感謝こそすれ、こんなこと思うなんて間違ってるって。息子なら、父親が死ぬかもしれないって時に、一番に駆けつけるべきだって、わかってる。でも…」
人を恨んでもそこからはなにも生まれない
世絆やこの子が教えてくれた
でも
俺にはまだ勇気が出ない
今生きようと必死に戦ってる九条のお父さんに
なんと声をかけたらいいのかわからない
「俺…どうしたらいいの…」
「楓、もういいから」
もうこれ以上話すなとでも言うように、俺の手を握る春くんの手に、ぎゅっと力が入る。
「人の心に、正解や間違いなんてない。楓がそう思うことを、誰も責めたりしない。だから、そんなことで悩まなくていいんだよ」
「でも…」
「本当の親子だからって、無理にこうであるべきなんてこと、ない。楓がそう思うには、ちゃんと理由があるんだもん。それは蓮だってわかってるだろうし…ごめんね。俺、余計なこと言ったね」
「ううん…春くんが言ってくれなきゃ、一人でうじうじ悩んでただけだし。言葉にしたら、少し頭の整理できた気がする。ちょっと、考えてみるよ。俺ももう…お父さんの時みたいな後悔は、したくないから…」
「…うん」
俺はまだモヤモヤしたものを抱えながら、春くんの手を強く握り返した。
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