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天女(つばくらめ)14 side蓮
「俺なら、今の取引先との契約を満了にして、来年度はこっちと契約を結ぶな」
「え…でも、今のところはもう十年以上取り引きしてるとこだしさ…」
「そこは3年前に社長が息子に代わってから、納期がいつもギリギリだろ。それに、ここのところ目に見えて質が落ちてる。返品の数が、先代の時と比べても段違いに多いだろ」
「そう言われると、確かに」
「こっちは創業こそ浅いが、仕事が丁寧でモノが非常に良い。販売数は減るが、長い目で見てリピーターを増やすことの方が利益は上がる。俺だったら、他社が目を付ける前に囲い込む」
「…なるほど」
「伝統や歴史も大切だが、新しい風を取り入れることも大切だぞ。そして、それを決断するのはトップの大事な仕事だ」
「…わかった。兄さんの言うようにするよ」
「それから、この提案書。上げてきた社員はどんな奴だ?」
「え…?いや、営業部の若手ってことしか知らないけど…」
「これだけ緻密で、しかも要点だけを分かりやすく纏める書類を作る能力は、非常に貴重だ。こういう社員は、大切にした方がいい」
「わかった。調べとく」
「出来れば、おまえが直接会いに行って声を掛けてやってくれ。副社長直々の声掛けなんて、絶対に忘れられない出来事になる。そういう人間が、いづれおまえを助ける人材になる。お父さんがずっと言っていた、人を大切にすることが、ゆくゆくは会社を、そして自分自身を助けてくれるって言葉、九条を背負って立つなら胸に刻んでおけ。お父さんは、そうやって今まで九条を支えてきただろう?」
「うん。わかってる」
俺の言葉に素直に頷く龍が、俺の後ろをくっついて歩きたがった幼い頃の龍の姿に重なって。
つい、笑みが溢れた。
「え、なに?なんで笑ってんの?」
「いや、なんでもない。昔のことを思い出しただけだ」
「昔のことって…」
龍もなにか思い出すことがあったのか、恥ずかしそうに目を泳がせて。
「じゃ、じゃあ俺、会社戻るから。相談乗ってくれて、ありがと」
早口でそう言って、立ち上がる。
「明後日は休み取るからさ。兄さん、一度楓のとこに戻んなよ」
「大丈夫だ。休みなら、おまえは志摩くんに付き添ってやれ」
「志摩にも、もちろん付き添うけど、同じ病院内だから、もしお父さんになにかあってもすぐに駆けつけられるからさ。一日くらい俺に任せて、楓のとこに帰って。番になったんなら尚更、兄さんと離れてるのを寂しがってるんじゃない?」
さらりと楓の名前を口にした龍は、さっきまでと違って俺の知らない大人の男の顔をしていた。
「…そうか。じゃあ、そうさせてもらう」
「うん」
満足そうに頷いた龍を見送って。
再び規則的なリズムを刻む音が響くだけの静かな病室に戻ると、眠り続けるお父さんに向かって微笑む。
「…心配しなくても、龍に任せて大丈夫そうですよ?今のあいつならきっと、お父さんが作り上げたものをちゃんと引き継いでくれますよ」
冷たい指先にそっと触れながら、そう語りかけた時。
病室をノックする音とともに、出ていったはずの龍がまた顔を覗かせた。
「兄さん、ごめん。お父さんのお見舞いにって春海が来てるんだけど…通してもいい?」
「春海が…?」
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