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天女(つばくらめ)19 side楓
その後も、なんやかんやと俺の身体に触ろうとする蓮くんの手をなんとか躱して。
キッチンへ逃げ込むと、身体に溜まった熱を押し出すように、細く息を吐き出した。
「もう…ばか…」
そりゃあ俺だって蓮くんにいっぱい触りたいし
なんならめちゃくちゃに抱いて欲しいけど
さっき誉さんに
「エッチは安定期に入ってからね」
って
こっそり釘刺されちゃったんだもん…
「…はぁ…」
ズクズクと疼く下半身を、お湯をゆっくり沸かす間になんとか鎮める。
ダメだぁ…
なんか俺、浮かれてんのかも…
九条のお父さんが死ぬかもしれないって時に
こんなこと考えて…
不謹慎だよ…
頬を、ぎゅっと指で引っ張って締め直して。
蓮くん用にブラックのコーヒーと自分用にミルクたっぷりのカフェオレを淹れ、ソファへ戻ると。
蓮くんはさっき誉さんにもらったエコー写真を繁々と眺めていた。
「はい、どうぞ」
「お、ありがとう」
差し出したコーヒーを一口だけ飲み、すぐにテーブルに置いて。
俺を抱き寄せ、そっとお腹に手を当てる。
「ここにいるのかぁ。なんか、まだ実感沸かないな…」
「うん、俺も」
「まだ動いたりしないの?」
「そんなの、まだだよ。5ヶ月過ぎだって」
「そっかぁ…」
本当に残念そうに呟いて、お腹を撫でて。
「おーい、パパだぞー。おまえたち、聞こえるかー?」
おもむろに、お腹に向かって話しかけた。
「もぉ…まだ、聞こえないよぉ」
「いいんだよ。俺が話しかけたいの。どのタイミングで聞こえるようになるのか、わかんないだろ?楓の声を一番に聞くだろうけど、二番目は俺の声を聞いて欲しいからな」
俺が呆れた声を出しても、蓮くんは気にも止めなくて。
「元気に育てよー。あ、でもママのことは大事にしてくれよ?パパの命より大切な人なんだから、二人ともあんまり蹴って痛い思いさせちゃ駄目だからな?」
まだ胎動は感じないって言ってるのに、ずいぶん気が早いことを言う。
なんか…意外だ
蓮くんって
あんまり子どもが好きなイメージなかったんだけど…
案外子煩悩なパパになるのかも…?
知らなかった一面に、びっくりしつつ。
幸せそうに俺のお腹を撫で続ける姿に、知らず頬が緩んだ。
「夕飯、どうする?食べてから病院戻る?」
「いや、今日は楓の側にいる」
「でも…お父さん、危ないんでしょ?」
「意識は戻ってないけど、状態は安定してるし、今日は冬樹さん…春海の親父さんがついててくれるから」
「そうなの?でも…」
俺なら、大丈夫だから
そう言いかけた唇を、キスで塞がれる。
「俺が今、楓の側にいたいんだ。ここに、居させてもらえないか?」
熱の籠った言葉と眼差しに、ドキンと心臓が跳ねた。
「お父さんを放ってくることは出来なかったけど…おまえを一人で不安にさせたお詫びに、今日はずっと抱き締めて甘やかせてやりたい。ダメか?」
「…ううん…ダメじゃない…」
手を伸ばして。
ぎゅっと蓮くんの逞しい胸に抱きつく。
「…今日は…ずっとこうしてて…?」
「ああ…」
蓮くんの大きな腕が、真綿でくるむようにそっと抱き締めてくれた。
蓮くんの爽やかなフェロモンの香りに包まれると、それだけで心がひどく満たされて。
なんだか、泣きそうになる。
「でも…よかった…」
耳元で、蓮くんがぽそりと呟いた言葉は、微かに震えているような気がして。
「…ありがと、ね…」
その背中に腕を回した俺の声も、震えてた。
「蓮くんが信じてくれたから…この子達、俺たちのところへ来てくれたんだと思う。俺ね…誉さんに双子だって聞いた瞬間、あの時にいなくなった子が戻って来てくれたと思ったんだ。もう一人、新しい赤ちゃんを連れて…」
そんなの夢物語だって、わかってる
それでも
そう信じたい
あのこがもう一度戻ってきてくれたんだと
「うん。俺も、そう思うよ。きっと、あの時の子がもう一度楓を選んでくれたんだよ」
蓮くんは、俺の突拍子もない話を、笑わないで聞いてくれた。
「だから、身体大事にして、元気な双子を産もうな?俺も、出来る限りのサポートするから」
「っ…うんっ…ありがと…」
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