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天女(つばくらめ)20 side楓

愛らしい でもとても力強い泣き声 この子は…… 『おめでとうございます。とても元気な男の子ですよ』 この手に抱いたのは とても重く とても愛おしい命 『…ありがとう…産まれてくれて…』 気が付けば 涙が溢れて 『…君の名前は、楓…秋になると鮮やかに色付く楓の木のように、色彩豊かな人生を歩んでほしい…αでもΩでも、君が君らしく生きてくれたら…そんな願いを込めた名前なんだよ…』 ああ… これはお父さんだ 俺が産まれた時の お父さんの記憶 『…ありがとう、兄さん…僕はもう、十分だから…この子を兄さんにもらっただけで、十分幸せだから…だから…ごめんね…』 幸せだと言いながらも 心は張り裂けそうに苦しくて 『楓…ごめんね…僕、頑張るから…兄さんの分も、僕がいっぱいいっぱい愛するから…だから、許してね…意気地無しの僕を…君から大切な父親を奪ってしまうことを…どうか許して…』 溢れた大粒の涙が 微睡む俺の小さな小さな手に落ちた 『…愛してるよ、楓…君は兄さんと僕の、たったひとつの大切な愛の証…』 そう言って お父さんは泣きながら とても幸せそうに微笑んだ 「お父さん…」 目尻を伝う冷たい感触に、目が覚めた。 胸が苦しいのに、でもなぜか心は幸せで満たされていて。 そっと、お腹に手を当てる。 今のは俺の願望が作り上げた夢かもしれない でも今の俺にはわかる お父さんがどれだけ俺の誕生を待ちわびていたのか どれだけ俺を愛し 慈しんでくれたのか 俺が今 この子たちを命に代えても守りたいと思うのと同じように 「お父さん…ありがとう…」 傍らを見ると、ベッドの上には既に蓮くんの姿はなくて。 涙を拭って起き上がり、寝室を出る。 開いたドアの向こうのリビングは、燦々と白い朝の光が差し込む、眩く美しい世界。 「…楓?どうした?」 その世界に一歩踏み出すと、蓮くんがキッチンから駆け出してきた。 「どこか、苦しいのか?」 俺の頬についた涙の跡に気付き、不安げに顔を曇らせるから。 俺は微笑んで首を横に振る。 「ううん、違う…すごく幸せな夢を、見ただけ」 「夢…?」 「…俺が生まれた時の、夢」 そう言うと。 蓮くんは俺をじっと見つめて、なにも言わずに手を握った。 「お父さん…俺が産まれたこと、すごく喜んでくれてた…ありがとうって、そう言ってくれた…ただの夢かもしれない。俺の妄想かも。でも…なんでかな…お父さんは俺が生まれるの、すごく楽しみにしてくれてたんだっろうって、そう思うんだ。俺が、この子たちに会うのを、すごく楽しみにしてるみたいに」 「…うん。きっとそうだな。俺も、楽しみだよ。早く、この子たちに会いたい」 優しい微笑みとともに、優しいキスをおでこにくれて。 俺の手を引くと、ソファに座り、正面から俺を見つめる。 「…あのな、楓。俺、ずっと考えてたことがあって」 「考えてた、こと…?」 「ああ。でも…やっと、決心がついた。この子たちのおかげで」 そうして、不意に真剣な顔になると。 俺の左手を取り、薬指に填められた指輪をそっと撫でた。 「俺たち、結婚しよう」

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