433 / 566

天女(つばくらめ)21 side楓

あまりにも突拍子もない話に、一瞬、蓮くんが何を言ってるのかわからなかった。 「俺と、結婚してくれ」 もう一度、同じ台詞を蓮くんが口にして。 ようやく、止まった思考が動き出す。 「…なに…言ってるの…?出来るわけ、ないじゃん。だって、俺たち…」 「出来る。俺たちは、従兄弟だから」 「…は…?だって…」 「楓が20歳の時に、おまえはお父さんとの養子縁組を解消されてる。つまり今、俺とおまえは戸籍上は従兄弟なんだよ」 「え…?なに…?どういう、こと…?」 もしかして死んだことになってるんじゃないか、とは思ってた でも戸籍を抜かれてるってことは… 「なんの、ために…?俺、もう九条のお父さんの子どもじゃないってこと…?」 その可能性は、考えたこともあった。 俺みたいな存在は九条家にとってマイナスでしかないことは、痛いほどわかっている。 それでも、事実を突きつけられると、ショックで一瞬頭が真っ白になって。 震える声で訊ねると 蓮くんは強く俺の手を握り、真っ直ぐに俺の目を見つめた。 「違う。そうじゃない。お父さんはきっと、いつか来るこの日のために、俺たちを従兄弟に戻したんだと思う。いつか俺たちが番った時、世間から逃れるようにひっそりと生きなくてもいいように。正々堂々と、二人だけで生きていけるように」 「…いつか、って…?だって、俺…」 「お父さんは、知ってたよ。楓が家を飛び出して…どこでどうやって生きていたのか」 そう言って。 ゆっくりと時間をかけて、あの忌まわしい場所から九条のお父さんが助けてくれたことや、あの店を陰ながら支援してくれていたことを教えてくれた。 俺の手を、強く握り締めながら。 「お父さんは、ずっと楓のことを見守っていたんだ」 衝撃で、頭の中がぐるぐると回る。 「…そんなの…」 突然知らされたって俄には信じられないと、そう言おうとした。 でも。 ふと、思い出した。 『不思議なんだよなぁ…こんな政財界になんのツテも持たないΩだけの店が、繁盛してるなんてさ』 そう言った那智さんの言葉を。 あの店を始めた時、那智さんは全てが上手く行ったとしても、店が軌道に乗るまで数年はかかるだろうと考えていたらしい。 でも、開店からわずか半年ほどで店は黒字に転じ、それからはトントン拍子に売上を伸ばしていった。 俺は夜の世界には詳しくなかったから、よくわからなかったけど、それまでΩだけの店といえば俺が閉じ込められていたような、金で身体を売らされるだけの違法な店が殆どで。 Ωであっても、身体を売るだけじゃない、αやβがやってるような高級クラブなんて夢のまた夢だったと言っていた。 だからこそ、なぜこんなに全てが上手く運ぶのかわからないと。 その時は、たまたま運が良かったのかな、なんて呑気に話していたけれど。 もし、九条のお父さんが裏で手を回して店を助けてくれていたのだとしたら、全ての辻褄が合う。 あの店の客にΩを軽蔑し侮辱するような人間が一人としていなかったことも 俺が九条家の人間であることを知る人物が訪れることがなかったことも 全て幸運なんかではなく 九条のお父さんの力だったとしたら 俺は一人で生きていたんじゃなかった あの人の大きな腕のなかで ずっとずっと守られていたんだ

ともだちにシェアしよう!