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天女(つばくらめ)22 side楓
「…楓…」
感情が溢れて。
涙となって零れ落ちた。
ああ…
どうして気が付かなかったんだろう……
厳しい表情の奥にあった
俺を見つめる優しい眼差しに
『今日から、私がおまえの父だよ。すぐにお父さんと呼べなくてもいい。でも、これからは私が諒に代わっておまえを守るから』
小さな俺の手を握った大きな手と
うっすらと涙を滲ませた優しい瞳を
どうして忘れてしまっていたのだろう
俺はお父さんの死に囚われて
ちゃんと九条のお父さんと向き合おうともしなかった
あの人は
誰よりも俺を慈しみ
全力で守ってくれていたのに
「仕方ないよ。諒叔父さんを亡くした心の傷は、それくらい深かったんだから」
泣き崩れた俺の肩を、蓮くんがそっと抱き締めてくれる。
「でも、俺っ…九条のお父さんの気持ちも知らずにっ…お父さんを助けてくれなかったこと、恨みに思ったりしてっ…」
「その事は、親父にも非があると、俺は思ってる。だから、楓がそう思うことは間違ってないよ」
「でもっ…」
「ごめんな…本当は、楓には知らせないでおこうと思ってた。でも…もしも、なにも知らないまま、お父さんと楓が永遠に別れてしまったら…いつか、諒叔父さんの時よりももっと、楓は深い後悔を背負うのかもと…。そう思ったら、知らせない方が罪なのかもしれないと、そんな気がしたんだ。それに…これは俺の我が儘でしかないけど、この子たちのことを、お父さんが生きているうちに教えてあげたい。お父さんと諒叔父さんの愛の結晶が、また次の世代へ受け継がれていくことを、知らせてやりたい」
「…うん」
「ごめんな、我が儘言って」
「ううんっ…」
俺は、力一杯首を振った。
「俺もっ…ちゃんと、この子達のこと、伝えたい。そして、今までのこと謝りたい。蓮くん、お父さんのところへ、連れてってくれる?」
「もちろん」
いくつもいくつも零れ落ちる涙を、蓮くんが指先で拭ってくれて。
「でも、その前にさ」
そっと、おでこにキスを落とす。
「まだ返事、もらってないんだけど?」
「…返事?なんの?」
「…プロポーズ」
ちょっと困ったように、蓮くんの形のいい眉が下がって。
衝撃ですっかり忘れていた言葉を、思い出した。
「あっ…」
「俺と、結婚してくれるか?」
三度目のプロポーズの言葉に。
蓮くんの優しくて、でもすごく真摯な眼差しに。
心が震える。
「…いいの、かな…だって俺たち…本当は…」
「いいんだよ。法律上の問題は、ないんだから」
「でも…」
「俺を、この子たちの父親にしてくれないか?」
それでも、素直にうんと言えない俺のお腹を、大きな手がそっと撫でて。
「ちゃんとこの子たちの父親になって、楓と子どもたちを俺に守らせて欲しい。頼む」
俺に向かって頭を下げた蓮くんのその言葉に、初めて気がついた。
今の日本では
番は法律上正式なパートナーとしては認められていない
このままこの子たちが生まれたら
戸籍上この子たちには父親はいないことになる
たとえ蓮くんが本当の父親でも
公の場で父親だとは認められないんだ
まさか九条のお父さんはそこまで考えて、俺を九条家から外したんだろうか…?
「さぁ…本当のことは、お父さんじゃなきゃわからないけど…たぶんこんな日が来ることを、望んでいたんじゃないかと思うよ。自分と諒叔父さんでは叶えられなかった未来を、俺たちに託したんじゃないのかな」
「…うん…」
「だから楓、俺と結婚してくれ。二人で、この子たちを大切に育てていこう」
4度目のプロポーズに。
俺は、大きく頷いた。
「結婚、するっ…」
こんな日が来るなんて
夢見てすら、いなかった
「ありがとう」
涙で揺れる世界で、蓮くんの顔が近付いてきて。
「この先、どんな困難が待ち受けていようと、この手を決して離さない。愛してるよ、楓。永遠に」
恭しく俺の手を取ると、指輪にキスをする。
「…うん。俺も…蓮くんだけを、ずっと愛してる…」
俺も、精一杯の笑顔でそれに応えて。
俺たちはひっそりと、二人だけの誓いのキスを交わした。
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