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天女(つばくらめ)23 side楓

「ぶふっ…!はぁ!?結婚っ!?」 善は急げと、蓮くんに連れられて区役所へ婚姻届をもらいに行って。 それを持って九条のお父さんのところへ向かうのかと思ってたら、蓮くんが車を走らせたのは誉さんの診療所。 生憎、誉さんは亮一さんの病院の勤務日でいなかったけど、那智さんに結婚のことを話したら、口に含んだコーヒーを派手に吹き出してしまった。 「ちょっと…汚い…」 「どういうことだよ!だっておまえらは、さ…その…」 コーヒーが撒き散らされたテーブルを拭こうとした俺の腕を強く掴み。 問い質そうとした言葉は、でもすぐに途切れて。 那智さんは不安そうに、俺と蓮くんの顔を交互に見る。 「出来ますよ。俺たち、従兄弟なので」 「へ…?どういうことだ…?」 蓮くんが微笑んで、俺たちの今の戸籍のことを説明すると。 「…それって、本当に問題ないのか?」 「ええ」 「そっ、か…そうかぁ…」 那智さんは、じわりと涙を浮かべ。 何度も何度も頷いた。 「よかったなぁ、柊」 「…那智さん…」 「よかった…本当に、よかった…」 ぽろりと一粒だけ零れた涙に、那智さんのこれまでの思いがぎゅっと凝縮されているようで。 俺の目頭も、熱くなる。 「バカ、なんでおまえまで泣いてるんだよ」 「だっ、て…」 「ったく…いくつになっても、泣き虫だなぁ、おまえ」 那智さんの大きな手が、涙で濡れた頬を包んで。 ぎゅーっと強く引っ張った。 「いひゃいっ!」 「ふははっ!ブッ細工な顔!」 「もうっ!ひどいなっ!」 その力の強さに、一瞬で涙は引っ込んで。 思わずムッとして叫んだら。 「おまえは、そっちの方がいい。泣いてるより、怒ったり笑ったりしてる方が」 涙を滲ませたまま、嬉しそうに微笑む。 まるでお母さんみたいな眼差しで。 「今まで悲しい顔ばっかしてたんだ。今度はいっぱい笑って、幸せになれ」 「…那智さん…」 「んで、元気な双子を産んだら、俺にも抱っこさせてくれよ?おまえの子どもなら、俺の子も同然だからな。もう自分の子どもを持つことはない俺に、ちょっとだけ母親の気分を味あわせてくれると嬉しいぞ?」 でも、穏やかな台詞の中に、さらりと混ぜられた言葉が、ドキッと心臓を跳ねさせる。 「それ、って…」 ずっと不思議に思っていた あんなに仲が良くて 誰が見ても相思相愛の二人なのに 那智さんと誉さんは結婚していない そして那智さんは子どもを諦めるような年でもないのに 二人の間に子どもを望むような雰囲気も一切なかった それがなんでなのか 聞いたことはなかったけれど でも なんとなく思い当たることはある 那智さんには 誉さんじゃない運命の番がいたこと 「…もういい加減、俺もケリをつけないとな…」 それ以上聞いてもいいのか、迷っていると。 那智さんは自嘲するように唇を歪ませて、目を伏せた。 「面白くもねぇ話だが…聞いてくれるか?」

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