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天女(つばくらめ)24 side楓

「俺に運命の番がいたって話は、したよな?」 「うん…那智さんを庇って、亡くなったって…」 「ああ。俺をヤクザの世界から抜けさせるのを交換条件に、自分の命を差し出したんだ。俺の知らないところで、俺の飼い主だった組長と勝手に話をつけてな。俺がそれを知ったのは、もうあいつがいなくなった後だった。俺に残されたのは、あいつが最後に携帯に送ってきた、生きてくれってメッセージだけ…」 ぐしゃりと片手で髪を掴んだ那智さんは、ひどく哀しそうで。 その運命の人を今でも忘れられないことが、痛いほど伝わってきた。 「あいつが死んだことを知ったショックで、俺は倒れて…3日後、病院で目が覚めた。その時に、医者に告げられたんだ。俺が妊娠していたこと。そして、その子を流産してしまったことを」 「えっ…」 「俺は妊娠に気付いてなくて…もしそれをあいつが知ってたら、あいつは死ななかったかもしれない。シャバになんて戻れなくてもいい。二人で子どもを育てて行こうって、そう言ってくれたかもしれない。天命が尽きるその時まで、ずっと一緒にいようって、そう言ったかもしれない。もしも俺が妊娠に気付いていたなら…俺たちの未来は、変わっていたんじゃないかって、そう思った」 「…那智さん…」 「あいつを失って。子どもを失って。俺にはなにもなくなってしまった。あいつに繋がるものは、なにも。俺は自分の人生を嘆き、運命に絶望した。泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いて…俺は、決めたんだ」 「決めた…?なに、を…?」 その先を聞くのが少し怖くて、声が震える。 「…子宮を、取ること」 「っ…なんでっ…!?」 「あいつが死んで、番契約も消えた。この忌まわしいΩの性は、俺の意思とは関係なくまた新たな番となるαを探すだろう。そうして、俺の意思がどんなに拒んでも、本能はそいつの子種を欲しがるだろう。そんなの、冗談じゃねぇって思った。本当は、あいつの後を追って死にたかった。でも、それは出来なかった。運命の男の最後の願いを、違えるなんて出来るわけない。だったら、もう二度と子どもなんていらない。たとえ他の誰かの番になろうとも、子どもは絶対に作らない。俺の子どもは、死んでしまったあいつとの子ども、ただ一人。それだけは、どうしても守りたかった。…おまえなら、俺の気持ち、わかるだろ?」 哀しげな微笑みで、そう問われて。 俺は頷くしかなかった。 俺も同じ 誰の子種でもいいわけなんかない 蓮くんの子どもしか産みたくない それがたとえ 本能に逆らうことになったとしても 「…ああ」 俺の反応に、那智さんは満足げに頷く。 「だから、その時助けてくれた医者に頼み込んだ。子宮摘出の手術をしてくれって。金に糸目はつけねえからって。だけど、なかなかうんと言ってくれなくてなぁ…」 「そりゃあ、そうでしょ…」 蓮くんが、相手のお医者さまに同情するように、嘆息した。 「仕方ないから、最後は自殺未遂の真似事までして、手術を承諾させた」 「え…それ、本当ですか?…その医者、可哀想…」 「実は、な」 更に大仰な溜め息を重ねた蓮くんに、那智さんが悪戯を仕掛けるような顔でニヤリと笑う。 「その医者ってのが…誉なんだ」 「「ええーーーっ!?」」 飛び出した爆弾発言に。 俺と蓮くんの声が、綺麗にハモった。

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