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天女(つばくらめ)25 side楓

「この診療所さ、元々は誉の祖父(じい)さんが開いた病院なんだって」 那智さんは目を細めて、診療所の古びた天井を見つめた。 「そのじいさんも、今の誉と同じように、αなんだけどΩ専門の医者で。その頃は今よりもっとΩの人権なんかない時代だからさ。金に困ってるΩたちを採算度外視で診てやってたんだってさ。若い頃の誉はそれに反発して、結構有名なデカイ病院で働いてて。んで、俺と出会ったってわけだ。その頃の誉は、今とは全然印象違ったぜ?もっと高慢で、いかにもαって感じの医者だった」 「…想像つかない…だって、俺の知ってる誉さんは、最初から全然αっぽくないんだもん」 「だよなぁ」 クスクスと、楽しそうに。 そしてひどく愛おしそうに。 那智さんが笑う。 「最初は俺のこと、とんでもない患者だと思っただろうなぁ。なんせ、手術してくれなきゃ今すぐ死ぬって、目の前で手首まで切るんだから」 「えええっ!そんなことしたの!?」 「まぁ、若気の至りだよ。んで、手術したはいいけど、今度は感染症で生死の境を彷徨ってさ…誉、必死になって俺を助けてくれた。そんなこんなで、情が移ったみたいでさ。退院するときに、無理やり連絡先交換させられて。しつこく飯、誘われてさぁ。最初は断ってたんだけど、あんまりしつこいから一度誘いに乗ったら、調子に乗ってもっとしつこく誘ってきて…1日に何回もメールくんの。あいつのことを考えて落ち込む暇もなかったっての」 呆れたような口調で話す那智さんの表情は、それでもどこか嬉しそうに綻んでいた。 「…あいつが死んでから、精神的ショックからなのか、一年くらいヒートが来なくて…久しぶりにきたヒートが信じらんないくらい重くてさ…苦しくて苦しくて、いっそ死んじまおうかって思った時、不意に誉の顔が浮かんだ。あいつ以外に抱かれるのなんて、死んでも嫌だって思ってたはずなのに…気が付いたら、誉に電話して助けを求めてた。誉の優しいフェロモンに包まれた瞬間、なんかすごく安心して…まぁでも、正気に戻ってうなじ噛まれたことを知った時は、マジで殺してやろうかと思ったけどな」 運命の彼と別れた後の事を、そんな風にさらりと流すように話したけど。 その当時の那智さんの心境を思うと、胸が張り裂けそうに痛む。 そんなに簡単に忘れられたはずなんてない 運命ってそんなに簡単に割りきれるものじゃないことは 誰よりも俺が一番知ってるから 俺も蓮くんと離れていっぱい苦しい思いをしたけど それでもこの世の何処かに蓮くんがいるって思えば耐えることが出来た でも那智さんの運命の彼は もう何処にもいない どんなに会いたいと思っても どんなに声を聞きたいと思っても もう二度と叶わない それがどんなに辛いことなのか 俺にはわかる そしてそれを側で見守ってた誉さんも きっとすごく苦しかったに違いないんだ 「…もう…なに、泣いてんだよ。俺は今、悲しい話はしてないはずなんだけどなぁ」 押し潰されそうな胸の痛みに、堪えきれずに涙を溢すと。 那智さんは呆れたような笑顔で、俺の頭をポンと軽く叩いた。 「だっ…て…那智さんが、笑うから…」 辛い話をしてるのに 笑ってるから… 「バーカ」 那智さんは、もう一度俺の頭を叩くと。 背中を引き寄せ、俺をぎゅっと抱き締める。 「…ありがと、な…」 耳元で小さく囁いた声は、微かに震えて。 ぎゅっと抱き締め返した俺の背中に、そっと蓮くんが手を添えた。

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