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天女(つばくらめ)26 side楓
「誉と番になってからも、まぁいろいろあったけどさ。おまえのこととか」
俺が泣き止んだのを見計らって、那智さんがまた話を再開した。
「でも、店も順調だし、おまえも立派に巣立って…昔からは考えられないくらい、今、穏やかな生活を送れてる。俺はそれで十分満足だと思ってたんだけど…おまえの妊娠がわかった後、誉が急に結婚しようって言い出したんだ」
「え…?」
「そんなの、もう十何年も一緒にいて、一度も言ったことなかったのにさ。だってそうだろ?あいつは俺が二度と子どもを産めないことを、誰よりもよく知ってる。そんな欠陥品のΩと結婚しても、なんのメリットもないんだから」
「そんなのっ…」
悲しい言葉に、思わず顔を上げた俺の頭を。
「…俺さ。最近になって、後悔してんだよ。あの時、子宮を取っちまったこと」
那智さんが、寂しそうな微笑みを浮かべて、そっと撫でる。
「バカなことしたなって…志摩やおまえ見てて、俺も誉の子ども、作ってやれればよかったなって…」
「…那智さん…」
「こんな欠陥品の俺が、さ…あいつの正式な奥さんになんて、なっていいのかなぁ…?」
那智さんの気持ちは
痛いほどにわかる
俺もずっと
同じ気持ちを抱えてたから
子どもを作れないかもしれない俺が
蓮くんの側にいてもいいんだろうかと
「…当たり前じゃないですか」
どう答えていいかわからなくて、言葉に詰まると。
それまで黙って聞いてた蓮くんが、とても静かな声で言った。
「俺は、いつか必ず楓と正式な夫婦になろうと思ってました。今回はたまたま、子どものことがきっかけにはなったけど、子どもなんか出来なくても、結婚を申し込むつもりだった。それが、永遠に楓を愛するという証になる気がして」
「…どういうことだ?」
「番契約は、どちらかが死んだら解消されてしまう。でも、正式な婚姻なら、死んだ後でもずっと一緒でしょう?生きてる間はもちろん、死んだ後もずっと、永遠に楓だけを愛し続ける。その誓いの証です。子どもがいるとかいないとか、そんなの関係ない。これは俺と楓だけの契約だから。…たぶん、誉さんも同じ思いじゃないんですかね?」
言いながら、那智さんの腕から俺を引っ張り出して、自分の腕のなかに抱き締める。
「正直な気持ちを、伝えたらいいんじゃないですか?子どものこととか、とりあえず一度全部忘れて。那智さんが、誉さんと夫婦になりたいかどうかを」
その長い指が、俺の顎を掬って。
上を向かされると、甘いキスが落ちてきた。
「俺は、楓と夫婦になりたい。一生、側にいたい」
「…うん、俺も。一生、蓮くんの側にいる…」
微笑んで答えると、蓮くんはもう一度俺にキスをして。
それから、俺を抱いたまま、さっき区役所でもらってきたばかりの婚姻届を、那智さんに差し出す。
「一応、予備にもらってきた一枚、あげますよ」
「え、いや待て。俺はまだ…」
「俺たちの届けの証人欄、那智さんにお願いしようと思ってるので。代わりに、那智さんたちの証人欄は、楓が書きますよ?」
無理やりその紙を押し付けながら、ニヤリと笑うと。
「…わかったよ」
しぶしぶそれを受け取った那智さんの口元が、少しだけ緩んだのが見えた。
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