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天女(つばくらめ)27 side楓

その後、那智さんも志摩のお見舞いに行きたいと言うので。 那智さんも車に乗せて、九条のお父さんと志摩が入院している病院へと向かった。 「おい、本当に龍の野郎は、今日は居ないんだよな?」 「だから、いませんて。何度もそう言ってるでしょう」 病院の廊下を歩いていると、那智さんと蓮くんが車の中でも散々やったやり取りをまた始める。 「なら、いいけどさ。万が一ばったり出会(でくわ)したら、ぶん殴ってやるからな!」 「やめてください…」 「それくらい、俺はあいつに腹が立ってんだ!」 「わかりましたから…病院で暴力沙汰なんて、冗談じゃないですよ。ちゃんと今日は来るなとさっき連絡したんで、大丈夫です」 「なら、よし」 少し複雑な思いでその会話を聞きながら、二人の一歩後ろを歩いてると。 蓮くんが不意に立ち止まり、俺の手を繋いだ。 「大丈夫だ」 「…うん」 気遣わしげに俺を見つめる黒翡翠のような瞳に、小さく頷いて。 一歩踏み出して、蓮くんの横に並ぶ。 繋いだ手を強く握り返すと、蓮くんは少しホッとしたように微笑んだ。 「先に世絆に会っていきましょうか」 そう言って。 一番最初に着いたのは新生児室。 「九条さん!」 ガラス窓の向こうから蓮くんを見つけた看護師が、パッと頬を赤らめて駆け出してきた。 「世絆ちゃん、お母さんのところへ連れていかれますか?」 「ええ。今、大丈夫ですか?」 「はい!ちょうどミルクを飲み終わって、ご機嫌に遊んでますよ。ちょっと待っててくださいね!」 若干テンション高めの彼女は、隣に立ってる俺や那智さんには目もくれずに、嬉しそうに蓮くんと話すと、また新生児室へと戻っていく。 その姿に、なんだかもやっとしたものが浮かんできた瞬間、那智さんが顔を寄せてきた。 「おい。あの女、蓮に色目使ってんぞ?いいのかよ?」 「いいのかよって…別に…」 「嘘ばっか。面白くないって、顔に書いてるぞ」 もやもやをはっきりと言葉にされて、二の句が告げなくなる。 「ちゃんと蓮は自分のだって、見せつけとけ」 「どうやって?」 「キスでもすれば?」 「やだよ、そんなの!」 「なにが嫌なんだ?」 こそこそ話してたら、急に蓮くんに顔を覗き込まれて。 「ううん、なんでもない!あ、ほら、世絆きたよ!」 俺は慌てて那智さんを押し退けながら、タイミング良く世絆を抱っこして出てきたさっきの看護師を指差した。 「お待たせしました」 「ありがとうございます」 蓮くんが受け取ると、世絆はしっかりと目を開けて、手足をパタパタと動かしている。 「わぁ、可愛い~」 「やっぱり世絆くん、九条さんが好きですね。九条さんが抱っこすると、すごく喜んでる」 世絆に触ろうとしたら、看護師が俺と蓮くんの間に身体を割り込んできた。 「っ…!」 その瞬間、もやもやが一気に苛立ちへと変わって。 思わず、蓮くんの腕を引っ張る。 「行こ、蓮くん。志摩が待ってるよ」 「あ、ああ。それじゃ」 ちょっと戸惑ったような蓮くんの声と、那智さんの面白そうにクスクス笑う声を背中に聞きながら。 俺は足早にその場を離れた。

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