440 / 566
天女(つばくらめ)28 side楓
「おまえも、案外可愛いとこあるなぁ」
「うるさいなぁ、ほっといてよ」
「…さっきから二人でこそこそ、なんの話?」
「なんでもない」
「柊の嫉妬した顔が、可愛いって話」
「もうっ!那智さんっ!」
「嫉妬?誰に?」
「なんでもないってば!」
「さっきの看護師だよ。おまえにすり寄ってたじゃねぇか」
「ああ。あんなの、どうでもいいよ。俺が大切なのは、楓だけ。わかってるだろ?」
そう言って。
蓮くんが頬に甘いキスをしてくれただけで、もやもやがあっさり晴れてしまう単純な自分にこっそり溜め息を吐いてる間に、志摩の病室へ着いた。
「はーい、どうぞ」
蓮くんがドアをノックすると、中から志摩の声が聞こえてきて。
少し、緊張を感じる。
そんな俺を安心させるように蓮くんが優しく微笑んで、ドアを開けた。
「蓮さん、いつもありがとうございま…えっ!?柊さん!?那智さん!?」
少しだけ起こしたベッドの上で蓮くんに微笑みかけた志摩は、すぐに俺と那智さんの姿を見つけ、大きく目を見開く。
「志摩、おつかれさん。よく頑張ったな」
一瞬立ち竦んだ俺の腕を那智さんが引っ張って、病室に足を踏み入れると。
志摩は今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめた。
「…出産おめでとう、志摩」
ずっと心の中に留めていた言葉を、恐る恐る唇に乗せる。
途端、志摩の瞳がみるみるうちに潤んで。
大粒の涙が、ぼろぼろと零れ落ちた。
「柊、さんっ…」
「お祝い、遅くなってごめん」
泣きじゃくる志摩の側へ、歩み寄り。
あの日取ることの出来なかった手を、そっと握る。
「よく…頑張ったね。ごめんね、俺のせいで大変な思いをしたよね」
「柊さんの、せいだなんてっ…そんなこと、ないっ…」
「ううん、俺のせいだ。俺が、あの時ちゃんと言わなかったから」
志摩の手を握ってない方の手を、世絆を抱いて一歩後ろに佇んでいた蓮くんへと伸ばすと。
蓮くんはその手を取って、俺の隣に並んだ。
「志摩、俺ね、今すごく幸せだよ。世界で一番大好きな人と番になれて、本当に幸せなんだ。だからもう、志摩が俺のことで悩むことなんてないんだよ?俺の生きる場所は、あの家じゃない。俺の生きる場所は、蓮くんの隣だけだから」
「柊、さんっ…」
「俺たちは、二人だけで生きていく。だから、あの家はもう志摩の家だよ?志摩と龍と、世絆の帰る場所だ。だから、もう苦しまないで?俺は今、本当に幸せなんだから」
俺の言葉に、蓮くんが力強く頷いてくれる。
そんな俺たちを見て、志摩は溢れ出る涙を袖口でぐいっと拭う。
「はい…わかります。だって柊さん、僕が知ってる中で、今が一番綺麗だもん」
そうして、とても鮮やかに、笑った。
「おめでとうございます、柊さん」
「志摩…ありがとう…」
繋いだ手に、力を込めると。
志摩の瞳から、また新たな涙が溢れた、
ともだちにシェアしよう!