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天女(つばくらめ)31 side楓

蓮くんに支えられながら、一歩ずつ踏み締めるように近付いた。 ベッドのすぐ脇に立ち、九条のお父さんを見下ろすと。 酸素マスクの下の頬は、肉がそげ落ち。 布団から出ている肩や腕も、小さく細くなっていて。 蓮くんの言う通り、俺の記憶の中の強いαである九条のお父さんとはすっかり変わってしまっていた。 そっと手を伸ばす。 点滴の管の繋がれた、骨張った手。 その指先に触れると、驚くほど冷たくて。 瞬間 心の奥でずっと閉ざしていたなにかが弾けた 「っ…おとう、さんっ…」 声に出してそう呼んだのも その身体に触れたことすら 初めてで 「おとうさんっ…お父、さんっ…」 それなのに 気が付いたらその手を握り締めて 何度もそう呼んでいた 激しくて熱いなにかに突き動かされるように 「お父さんっ…嫌だっ…死なないでっ…」 涙が勝手に溢れて 「俺っ…まだ、伝えてないことが、たくさんあるっ…だから、いかないでっ…」 あの幼い日 九条のお父さんが俺を引き取ってくれなければ 俺はきっとお父さんと一緒に死んでただろう あの忌まわしい場所に閉じ込められていた時 九条のお父さんが助けてくれなければ 俺はきっとあの場所でどこの誰とも知らないαを受け入れながら死んでいっただろう 九条のお父さんがずっと影から見守ってくれなかったら 俺は蓮くんと再会して番になることもなかった この子たちをもう一度授かることもなかった 全て 九条のお父さんがいてくれたから 「ここに…俺のお腹の中に、新たな命が宿ってる…蓮くんとの子どもです。お父さんたちの、孫です。お父さんが俺の命をずっと守ってくれたから…俺も、次の命を繋ぐことが出来る…だから、生きて…どうか生きて、この子たちが産まれるの、見届けて…まだ、お父さんのところになんて、いかないでっ…!」 溢れ出る感情のまま、叫んで。 冷たい手を、涙で濡れた頬に押し付ける。 その瞬間。 ほんの少しだけ、お父さんの指がピクリと動いた気がした。 「おとうさんっ…!?」 驚いて顔を上げると、蓮くんも異変を感じたのか、俺を背中から抱き締めるような体勢で、お父さんの手を握る俺の手を、さらに上から包み込むように握る。 「お父さんっ!聞こえますかっ!?」 「お父さんっ…お願い、目を開けてっ…!」 二人で、必死に声をかけると。 酸素マスクの下の唇が、ピクリと震えて。 固く閉じられていた瞼が、ゆっくりと持ち上がった。 「「お父さんっ!」」 もう一度呼ぶと、彷徨っていた視線が、俺と蓮くんの方を向いて。 ゆらりと、瞳の奥が揺れる。 「……れ、ん……かえ、で……」 ひどく掠れた声で。 俺たちの名前を、呼んで。 「…かえで…」 冷たい指先が、ほんの少し俺の手を握り返す。 「楓…どう、して…」 目尻から、宝石のような涙が一粒溢れて。 その瞬間。 一気に溢れた涙で、お父さんの顔が滲んだ。 「よかった…お父さんっ…」 「楓…ほんと…に…おまえ、なのか…?」 「っ…ごめ…なさいっ…お父さん、ごめんなさいっ…」 「…楓…」 「俺っ…なにも知らなくて…ごめんなさいっ…」 何度もそう繰り返しながら、細くなったお父さんの手を握り締めて咽び泣く俺を。 お父さんは慈愛に満ちた優しい眼差しで、見つめていた。

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