444 / 566
鳳凰(ほうおう)1 side楓
長かった冬の寒さがようやく緩み。
春の柔らかな風が穏やかに吹く頃。
俺のお腹も、ほんのちょっとだけ出てきた気がした。
「え…早くねぇか?それって単に太っただけじゃねぇの?」
前よりも丸く肉付いたように見える俺のお腹を見て、那智さんが首を傾げる。
「おまえ、ケーキの食い過ぎだろ。ったく…蓮が甘やかすから…」
「…すみません」
「最近は、そんなに食べてないもん!きっと双子だから普通の妊夫より大きくなるんだもん!」
「えー?そうだっけ?」
「まぁ…こういうのは、個人差があるからね。風船みたいに膨らむ子もいるし、出産する時まで妊娠してるかわからないような子もいるし」
そのまま不審そうな顔で誉さんに確認すると、誉さんは笑いながらそう言った。
「ほら!」
「でも、楓はちょっと体重が増えるペースが早いかも。蓮くん、食事の管理、ちゃんとやってね」
「…はい、すみません。気を付けます」
なのに、俺が胸を張ると、不意に真面目な顔で、なぜか俺じゃなく蓮くんに釘を刺してきて。
蓮くんが慌てて頭を下げる。
春の日差しが差し込む暖かな診察室は
とても穏やかで優しい空気に包まれていた
「じゃあ、内診するから、横になってお腹出して」
言われた通りにベッドに横になり、機械をお腹に当てられると、すぐにモニターに2つの小さな影が映し出された。
もう、なんとなくちゃんと赤ちゃんの形をしてる。
「…うん。順調だね」
角度を変えて、何度も確認して。
誉さんは笑顔で頷いた。
「体調に変わったところはない?」
「はい。特には」
「じゃあ、安定期にも入ったことだし、仕事に復帰してもいいよ」
「ホント!?」
「ただし、無理をしないことが条件。そこは、蓮くん頼むよ」
「はい、もちろんです」
蓮くんが真面目な顔で頷いたとき、携帯の着信のメロディーが突然流れ出す。
「…っと、ちょっとすみません」
スマホの画面を確認すると、蓮くんは慌てて診察室を出ていった。
「…もしかして、志摩の旦那からか」
「たぶん。最近、ちょくちょく掛かってくるから」
はっきりと嫌そうな表情を見せる那智さんに、俺は苦笑いを返す。
「蓮のやつ、まさか九条に戻るとか言い出さないよな?」
「さぁ…どうだろ。俺には、ホテルを辞めるつもりはないって言うけど…」
「万が一、九条に戻りたいって言っても、絶対反対しろよ?おまえだって、親父さんのことは別として、もうあの家には関わりたくねぇだろ?」
「…まぁ…」
強い口調には、曖昧に頷いておいた。
万が一蓮くんが九条のお仕事に戻ったとしても
俺があの家に関わることは絶対にない
あの家はもう龍と志摩のものだし
なにより蓮くんが俺をあの家に戻すことを良しとしないことはわかってるから
だから別に蓮くんがホテルを辞めて向こうに戻るって言うなら
俺は反対はしないつもりだけど…
そのことは那智さんには黙っておこう
最近やたらと俺に過保護だし
また蓮くんが怒られちゃうもん
「…なんだ?なんか言いたいこと、あんのか?」
無意識にじっと顔色を伺ってたようで、那智さんが不機嫌そうにじろりと俺を見て。
慌てて首を横に振った。
「ううん、なんでも。誉さん、もう起きても良い?」
「ああ、いいよ。…あ、そうだ楓、大事なこと言い忘れた」
上半身を起こした俺に、誉さんが満面の笑顔で顔を寄せる。
なんだろうと、耳を傾けると。
「赤ちゃんたちに負担のない程度だったら、セックスしても大丈夫だよ」
医者とは思えない爆弾発言が、飛び出した。
ともだちにシェアしよう!