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鳳凰(ほうおう)2 side楓

「…楓?さっきから上の空だけど、どうかした?もしかして、俺が席を外してる間に、赤ちゃんになんか見つかったのか?」 病室へ向かう廊下で、蓮くんが心配そうに顔を覗き込んできて。 「う、ううんっ、なんでもないっ」 慌てて、首を振った。 もうっ… 誉さんが変なこと言うから 頭んなかエッチなことでいっぱいになっちゃったじゃんっ! 「本当に?子どもたちや楓の身体に何かあった訳じゃないんだな?」 「うん」 蓮くんは真剣に赤ちゃんのことを心配してるのに、自分だけ邪なことを考えてるのが恥ずかしくて。 俺は慌てて邪な妄想を頭から追い出す。 「…なら、いいけど」 まだ訝しげにしながらも、蓮くんはそう言って。 病室のドアの前で立ち止まり、俺の髪をそっと撫でた。 「じゃあ…いいよな?」 そうして、念押しするように俺を真剣な顔で見つめる。 「…うん。ごめんね、待たせて」 「いや、こういうのは二人で同じ方を向かないと、ダメだから」 「うん…ありがと」 笑顔を向けると、蓮くんも微笑みを返してくれて。 そのまま、病室のドアをノックした。 「どうぞ」 ドアを開くと、起こしたベッドの上で本を読んでいたお父さんが、俺たちの顔を見て微笑む。 「蓮、楓、今日も来てくれたのか。すまないな」 「今日は体調いいみたいですね。顔色がいい」 「ああ。天気がいいからかな。太陽の光が心地好くてな」 「だったら、後で少し中庭に出てみますか?主治医の先生が、少しだったら散歩してもいいと」 「そうか。では、連れていってもらおうか」 お父さんと蓮くんの会話を聞きながら、俺はお見舞いにと持ってきたフリージアの花束を花瓶に生けた。 あの日目覚めたお父さんは 驚異的な回復力をみせて お医者さまが保って3ヶ月と言っていたその期限を過ぎても生きている もちろんガンが治った訳じゃないし 今は一時的に小康状態を保ってるだけで いつまた倒れてもおかしくない状態ではあるけれど 最近になって少しずつ 気分のいい日はこんな風に起きて本を読んだり たまには仕事の話を秘書の人としたりしてて このままこの子たちが産まれる時まで 生きていてくれるんじゃないかと そんな淡い希望を俺と蓮くんはこっそり抱いていた 「楓、お腹の子どもたちは、順調なのか?」 「えっ、あ、は、はい」 「楓も子どもたちも、すこぶる順調ですよ。安定期に入ったので、無理をしない程度に仕事を再開してもいいと、主治医から許可が出ました」 突然、話しかけられて。 思わず(ども)ってしまった俺の代わりに、蓮くんが説明してくれる。 ようやく「お父さん」と呼べるようになったとはいえ、まだ話すのは少し緊張してしまう。 でも。 お父さんは、俺のそんな態度に嫌な顔一つしないで、俺に優しい微笑みを向けて。 「そうか。蓮のホテルでピアノを弾いてるんだったな。おまえのピアノは、いつも聞く人の心を柔らかにしてくれる。おまえたちのホテルに泊まる客は、きっと幸せな時間を過ごせるんだろうな」 そんな優しい言葉をくれた。 「私もいつか、蓮が作り上げたそのホテルに泊まって、楓のピアノをこの耳で聞ける日が来るといいんだが…」 だけど、ほんの少し視線を下げながら続けた言葉には、 微かに諦めにも似た悲しみが混ざっているように聞こえて。 「き、来ます!絶対!俺、その時はお父さんの為に、心を込めて弾きますからっ…」 気が付いたら、叫んでて。 びっくりしたお父さんと蓮くんの刺すような眼差しが俺へと向いた瞬間、我に返り。 慌てて口を両手で塞ぐ。 「ご、ごめんなさっ…」 「それは、是非とも元気になって聞きに行かなければな」 反射的に謝ろうとした俺を遮って、お父さんが嬉しそうに目尻を下げて。 「ええ…必ず来ますよ、そんな日が」 蓮くんも、嬉しそうに微笑んだ。

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