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鳳凰(ほうおう)4 side楓

「実は…今日は、お父さんに報告があるんです」 それまで、手を取り合って涙を流す俺とお父さんを黙って見ていた蓮くんが、握りあった俺たちの手の上に、自分の手をそっと乗せた。 いいかな、と訊ねるように俺の目を見るから、小さく頷く。 「俺たち、結婚します」 一度はプロポーズを受け入れたものの 俺はまだ婚姻届を出すことが出来なかった それは 俺の身体がちゃんとこの子たちを育てていけるのか不安だったから もしもこの子たちを失うようなことになったらと思うと怖くて 入籍は安定期に入ってからにしたいと我が儘を言ったら 蓮くんは嫌な顔ひとつせずに、俺の好きなようにしたらいいと言ってくれた 楓のゴーサインが出るまで俺はいつまでも待つから、と… だから今日 ずっと前にサインした婚姻届を出して 俺たちは正式に夫婦になる その前にお父さんにだけはちゃんと報告しておきたかった すべてお父さんのおかげだから 「帰りに、区役所に届けを出すつもりです」 「…そうか…そうか…」 蓮くんの言葉に、お父さんは嬉しそうに微笑む。 「お父さんのおかげです。お父さんが楓の籍を抜いたのは…いつか、こんな日が来るかもしれないと、そう思っててくれたからですよね?」 語尾が震えたように聞こえて。 思わず蓮くんの横顔を見ると、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。 瞬きをした瞬間、一粒だけ零れて頬を伝った涙に胸が熱くなって、また涙が出そうになる。 「ああ…でも、それは私の描いた勝手な夢だった。そんな私の身勝手な願望を、おまえたちはちゃんと叶えてくれた。それに、孫まで…本当に、ありがとう。おまえたちと、そして生まれてくる子どもたちが、諒の血を繋いでくれる。諒が必死に生きた証を、この世に残してくれる。そのことが、どんなに嬉しいか…本当にありがとう、ありがとう…」 何度も何度も感謝の言葉を口にしながら、お父さんが頭を下げるから。 蓮くんは、そっとお父さんの肩に手を置いた。 「…それでもう一つ、俺たちからお父さんに、大事なお願いがあるんです」 そうして、その先を促すように、俺を見る。 俺は頷いて、繋いでいない方の手を、自分のお腹に当てた。 「この子たちの名前、お父さんがつけてくれませんか?」 俺の言葉に、お父さんがびっくりしたように目を何度もしばたかせる。 「それは…」 それから、しばらく考えるように俺と蓮くんの顔を見つめていたけれど、やがて小さく笑って首を横に振った。 「とても嬉しい申し出だが、私は遠慮しておくよ」 「え…?」 「楓、という名前をどうやって諒が選んだのか、私にはわからないが…きっとたくさんの願いや思いを込めたんだろう。だからおまえたちも、親としてたくさんの思いを込めた名前を、その子たちに送ってあげて欲しい。名前は、その子たちが生まれて初めての、一番大きなプレゼントだからな」 その優しい眼差しに、じんわりと胸が熱くなる。 「…お父さん…」 「ちなみに、蓮というのは泥の中でも美しい花を咲かせる蓮の花のように、どんな環境でも美しく強く生きて欲しいという願いが込められているそうだぞ?」 「そうだぞ、って…なんか、ずいぶん他人事ですね」 「考えたのは、おまえの母親だからな。私には、考える余地すら与えてもらえなかったんだ。私もいろいろ考えていたのに…」 子どもみたいに不満そうに口を尖らせたお父さんに、俺たちは思わず顔を見合わせて笑った。 その瞬間。 「あっ…」 ほんの微かだけど お腹の中で赤ちゃんが動いたような感覚がした 「え?どうした?」 「…動いた、かも…」 「えええっ!?」 蓮くんが慌てて、お腹に手を当てる。 「…?わかんないぞ?」 「いや…なんか、ちょっとそんな感じがしただけで…もしかして違った、かも…?」 けど、一瞬だけでなんの感覚もなくなったお腹に、二人で首を傾げると。 お父さんがクスクスと楽しげに笑った。 「そんなに焦らなくても、そのうち痛いほど蹴ったりするさ。きっと元気な双子だろうからな」

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