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鳳凰(ほうおう)12 side楓

「この後、ミーティングがあるから少し待っててくれ。長くはかからないと思うから」 そう言って、蓮くんが一度部屋を出ていったので。 手持ち無沙汰になった俺は、明日の曲を決めておこうかと楽譜を取り出した。 「うーん…明日は雨だって言うし、少ししっとりめの曲にしようかなぁ…」 ベッドに寝転び、最近買ったエキエル版のショパン全集をパラパラと捲っていると、ドアをノックする音が聞こえてきて。 「はーい」 「ヒメさん、和哉です」 寝転んだまま、大きな声で返事をすると、和哉の声がした。 いつも蓮くんが送れない日にしか来ないのに、珍しいこともあるなと思いつつ、ドアを開ける。 「どうしたの?」 「ちょっと、来てください」 和哉の顔が見えた瞬間、手首を強く掴まれて。 気がついたら、部屋から引っ張り出されていた。 「えっ、なに!?」 呆然としてる間に、和哉は俺の手を掴んだまま、ずんずんとエレベーターに向かって歩き出す。 「ちょ…どこいくの!?」 「いいから」 「ダメだよ!だって蓮くんになにも…」 「大丈夫です。蓮さんには、今説明してますから」 「は?なにを?」 「あなたにも、着いたら説明します」 「だから、なにを!?ってか、鍵!部屋の中!」 「マスターキーがあるから、大丈夫ですよ」 聞いても答えてくれなくて。 結局なにもわからないまま、エレベーターに無理やり乗せられた。 「もうっ!なんなんだよっ!」 怒っても、和哉は能面みたいな無表情で減っていく階数表示を見ているだけで。 俺は大きく溜め息を吐く。 こういう時 和哉は絶対に口を割らないのはよく知ってる 説明してくれるまで、おとなしく待ってるしかないかぁ… しぶしぶ、黙って乗ってると、やがて3階で止まった。 3階って、なにがあったっけ…? 基本、1階のフロントロビーと17階の控え室しか往き来しないから、ホテルの構造をあまり把握してなくて。 館内図を思いだそうとしてる間に、和哉は俺を引っ張りながらエレベーターを降り、廊下を進んで。 ノックもしないでドアを開ける。 「ヒメさん、いらっしゃいませ~」 部屋の中には、ホテルのスタッフの女性が数人いて。 俺の姿を見た瞬間に駆け寄ってきて、無理やり中へと連れ込まれた。 「えっ、ちょっ…なに!?」 「こら、ヒメさんは大事な身体なんですから、あんまり乱暴にしないでくださいよ」 「わかってまーす」 取り囲まれ、あちこち身体に触られてる俺を見ながら、和哉が自分のことを棚に上げた発言をする。 俺はというと、突然の事態に声も出せず。 「ヒメさん、ちょっと失礼しまーす」 されるがままに、肩幅や腰回りをメジャーで測られていた。 「あー、ヒメさんもしかして、もうお腹出てきてます?」 「え…あ…えっ!?」 「副支配人、タキシードは厳しいかもです。妊夫さん用は需要が少ないからうちでは一着しか用意がなくて、しかもそれ、今クリーニングに出してるんですよ。他のだと、サイズ的にお腹キツイかもしれないし…」 「そうか…じゃあ仕方ない。ドレスにするか」 「そうですね!ヒメさん美人さんだから、きっとドレスでもお似合いだと思います!」 勝手に進んでいく会話を呆然と聞きながらも、飛び交うワードにドキッと心臓が跳ねる。 タキシード… ドレス… もしかして… 「ね、ねぇ和哉!これって、もしかして…」 「もしかしなくても、今からやるんですよ、蓮さんとあなたの、結婚式」 ドキドキしながら訊ねると。 和哉はまるで当たり前のことを告げるように、さらりとそう言った。

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