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鳳凰(ほうおう)16 side楓

和哉に先導されて、中庭の一角に建つチャペルへと向かった。 すれ違うお客様たちはみな、「おめでとう」と笑顔で祝福してくれて。 その声に笑顔を返すたび、胸の中が幸せで満ちていく。 やがて、チャペルの前に着くと、そこには見慣れた人影が。 「…伊織、さん…?どうして…」 黒のタキシードを着た伊織さんは、俺を見て優しく微笑んだ。 「君と蓮の結婚式だ。なにがあっても駆けつけるさ」 「私は、中の様子を見てきます。では斎籐先生、後は打ち合わせ通りにお願いします」 驚き過ぎて呆然と立ち竦んだままの俺を伊織さんに預け、和哉は先にチャペルの中へと入っていく。 「打ち合わせ、って…?」 「今日の僕は、剛さんの代役だよ。君を誰よりも幸せにする男のところへ、エスコートする役。この役はどう考えても僕が適任だろう?」 お茶目にパチンとウィンクされて。 かつて俺を包み込んでくれた柔らかい空気感に、自然に笑みが溢れた。 「ありがとうございます。お仕事お忙しいのに…スケジュール合わせるの、大変だったんじゃないんですか?」 「そんなことはないよ。この時期はわりと暇なんだ」 俺に気を遣わせないような優しい嘘も、あの頃と変わりなくて。 この優しい瞳で 俺が知らない間もずっと守ってくれてたんだ… そう思うと、胸が温かい感情でいっぱいになる。 「…蓮くんに聞きました。俺が伊織さんと知り合うずっと前から、俺のことを見守ってくれてたこと…」 「…そうか」 「知らなくて、ごめんなさい…」 ずっと言いたかった言葉を口にすると、伊織さんは少し驚いたように一瞬だけ目を見張って。 それから困ったような微笑みを浮かべる。 「なんで君が謝るの。僕は、僕の利益のために君の監視役を買ってでた。だから、君がそれを申し訳なく思うことはないよ。それに…君を一目見た時から欲しくて仕方なくて、あわよくば僕の番になってくれやしないかと、そんな下心でいっぱいだったしね。だから、僕がやりたくてやってたことだから」 伊織さんは笑みを浮かべたまま、手を伸ばし。 指先で、ちょんと俺の鼻の頭に触れた。 不思議と、蓮くん以外のαに触れられた時のいつもの嫌悪感は、なかった。 「え…?」 そのことに驚いていると。 「…もう少し、触ってもいいかな?」 そう言って、俺が返事をする前に両手で頬を包み込む。 やっぱり、なんともなくて。 むしろ、優しい安心感が俺を満たしていく。 「どう、して…?」 「やっぱり、僕たちの相性はいいらしい」 俺の疑問が通じたのか、伊織さんはまた困ったように微笑んで。 「…本当に、愛していたよ」 ひどく穏やかな瞳で、そう言った。 「っ…」 「だから、世界中の誰よりも、幸せになってくれ」 その瞳の奥が、ほんの少し揺れた気がして。 「…伊織さん…俺…」 思わず、口を開きかけた瞬間。 「準備出来ました。先生、お願いします」 バタンとチャペルのドアが開き、和哉が顔を出して、俺は反射的に口をつぐんだ。 「さぁ、行こうか」 伊織さんが、俺へと腕を差し出す。 伊織さん… 俺、あなたのことが好きでした 蓮くんを忘れてもいいと思えるくらいに 伝えられなかった言葉は、心の奥底へ鍵をかけてしまって。 「伊織さん、今まで本当にありがとうございます。俺…幸せになります。だから、今度は伊織さんが、自分の幸せを見つけてくださいね」 今の俺に出来る精一杯の微笑みを浮かべながら、俺はその腕に手を絡めた。

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