461 / 566
鳳凰(ほうおう)18 side楓
「では、そろそろ始めようか。今日は、僕が立会人だ」
声を掛けたのは、伊織さんで。
ゆったりとした足取りで、俺たちの前に立った。
「え…立会人…?」
なんのことかわからず、きょとんとしていると。
どうやら段取りを事前に聞いていたらしい蓮くんが、俺の手を握ったまま伊織さんへと向き直る。
「よろしくお願いします」
よくわからないまま、蓮くんに倣ってぺこりと頭を下げる。
「それでは」
伊織さんは、一度仕切り直すように、咳払いをして。
「蓮」
蓮くんを、ほんの少しだけ鋭い眼差しで見た。
「君はヒメを生涯ただ一人のパートナーとし、病めるときも健やかなときも、どんな困難が訪れても、決してその手を離さず、彼を愛し、世界一幸せにすることを、ここにいるみんなに誓いますか?」
「はい。誓います」
蓮くんが、強い意思を宿した瞳で、間髪入れずに頷く。
そうして、俺へと視線を向けると、ふわっと柔らかく微笑んでくれて。
胸が、きゅんっと音を立てた。
「ヒメ」
「あ、は、はいっ」
その誰よりもかっこ良くて優しい微笑みに見とれてると、伊織さんが俺の名前を呼んで。
慌てて、顔をそっちに向ける。
瞬間、伊織さんが口の端に困ったような笑いを浮かべたのがわかって。
一気に羞恥で身体が熱くなった。
「君は蓮を生涯ただ一人のパートナーとし、病めるときも健やかなときも、どんな困難が訪れても、決してその手を離さず、彼を愛し、世界一幸せにすることを、ここにいるみんなに誓いますか?」
一言一言、ゆっくりと丁寧に紡がれる言葉を聴きながら。
頭の中に、走馬燈のようにいろんな景色が流れる。
始めて会った、九条のお屋敷の中庭。
泣いていた俺の手を握った君の手の温もり。
初めてのヒートの嵐の中、雷に打たれたような衝撃で君が俺の運命の人だとわかった、あの瞬間。
初めて二人だけで行った、江ノ島の美しい景色。
ひとりぼっちで君のことを思いながら泣いた日の、青い空。
デパートのピアノを弾きながら感じた、君の熱い眼差し。
最後だと心に決めて君に抱いてもらった、幸せと哀しみで溢れていた、あの夜。
海に身を投げようとした俺を抱き留めた腕の強さと、君の叫び声。
目が覚めた時に見た、君の涙。
「…ヒメ?誓いますか?」
側にいるときも、離れているときも。
楽しいときも、苦しいときも。
俺の中にはずっと君がいた。
君だけが。
そして、これから先もずっと…
「…はい。誓います」
心を込めて、言葉にすると。
熱い思いが涙になって溢れた。
蓮くんの長い指が、頬を流れ落ちた涙を拭って。
そのまま顎を掴まれ、向き合う。
「それでは、誓いのキスを」
厳かな伊織さんの声に、頬に当てた手を滑らせ、肩を引き寄せられて。
「もう二度と、離さない。二人で、幸せになろう」
「うん。愛してる、蓮くん」
「俺も、愛してるよ」
蓮くんの幸せそうな微笑みを間近で見つめながら、俺はそっと目を閉じた。
ともだちにシェアしよう!