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鳳凰(ほうおう)25 side楓
数日後。
スタッフたちが映像に残してくれていた先日の結婚式のDVDを持って、お父さんの病室を訪ねた。
結婚式の話を聞いたらしいお父さんが、どうして自分も呼んでくれなかったのかと物凄く拗ねてたから、是非見せてやってくれと伊織さんに頼まれたからだった。
あのお父さんが拗ねるところなんて想像もつかなかったけど、蓮くんは少し困ったような顔をしてたから、蓮くんはお父さんの拗ねた顔を見たことがあるのかもしれない。
…うーん…
拗ねてるお父さんって、どんな顔してるんだろ…
持ち込んだDVDデッキで再生してるそれを、なぜか仕事でもするような真剣な面持ちで見つめてるお父さんの横顔をこっそり盗み見ながら想像しようとしてみたけど、全く浮かんでこなくて。
俺は早々に諦めた。
そもそも俺の記憶の中のお父さんは
何を考えてるかわからない厳しい顔をしてるお父さんだけだし
優しい顔や笑ってる顔を知ったの、つい最近だし…
それは俺がずっとお父さんとの距離を勝手に感じてたからで
あの頃
どうしてもっとお父さんに近寄ろうとしなかったんだろう…
考えても仕方がない後悔に、つい小さな溜め息を漏らしそうになった時。
不意に、お父さんの口が微かにへの字に曲がった。
「どうして楓のバージンロードを一緒に歩くのが伊織君なんだ。それは、私の役目だ。おまえはなぜ、私に打診して来ない。楓と共に歩けるなら、何がなんでも一時退院を許可させたのに…」
「仕方がないでしょう。俺だって、当日まで知らなかったんですから」
「それでも、知った時点で私に連絡くらい寄越してもよかっただろうが」
「無理言わないでくださいよ。俺だって驚きでテンパってたんですよ」
「おまえがこれくらいのことで、動揺するような男か」
まるで聞き分けのない駄々っ子みたいに、蓮くんに向かって次々に言葉を投げるお父さんは、見たことのないお父さんで。
びっくりすると同時に、なんだかあったかいものが胸の中に広がった。
「で?楓のウェディングドレスの写真はちゃんと撮ったんだろうな?」
「ええ、それは」
「私の携帯にも、その写真を送りなさい」
「わかりました。後で送りますから」
「今すぐにだ」
観念したように肩を竦めた蓮くんと。
それを見て満足気に頷くお父さんを見てると、自然に笑みが溢れる。
その時ふと、先日のお父さんの言葉を思い出した。
「ねぇ、蓮くん」
病室を出て、エレベーターへと向かう廊下で、俺は蓮くんを呼び止めた。
「ん?」
「お父さんって…1日だけ病院を出るとか、出来るのかな?」
「さぁ…それは主治医の先生に聞いてみないと、なんとも…でも、どうして?」
「…俺のピアノ、聞いてもらいたい」
俺の言葉に、蓮くんは大きく目を見開く。
「お父さん、言ってたでしょ?蓮くんの作ったホテルに行って、俺のピアノ聞いてみたいって。それ、叶えてあげられないかな?」
「楓…」
お父さんにもう時間が残されていないのだとしたら
少しでもいいから思い出が欲しい
最後に
ちゃんと親子としての時間が欲しい
諒お父さんの時のような
後悔だけはしたくないから
「…うん。わかった」
蓮くんは優しく微笑んで、頷いてくれた。
「じゃあ、これから先生のところに一時退院の許可を取りに行くか」
そう言いながら、俺の腕を取る。
「え?今から?」
「ああ。お父さんの状態も今は安定してるし。善は急げって言うだろ?」
「うん!」
そのまま力強い腕に引っ張られて、主治医の先生のところに向かった。
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