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鳳凰(ほうおう)29 side楓
「…楓…」
灯りを落としたものの、やけに頭は冴えていて。
剛お父さんの手のぬくもりを感じながら、幼かった頃の諒お父さんとの思い出をつらつらと思い出していると。
ぽつり、とお父さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「はい」
なにかあったのかと、少し身体を起こして、お父さんの顔を覗き込むと。
お父さんは、真剣な眼差しで俺をじっと見つめ、それからそっと目を伏せる。
「私は、もうひとつおまえに謝らなければならない」
「え…?」
「…龍のことだ」
その名前が出た瞬間、向こう側で寝転んでいた蓮くんが、ガバッと勢いよく起き上がった。
「おまえの人生を狂わせたのは、間違いなく私と龍だ。だが、龍をあんな凶行に走らせてしまったことの責任は、全て私にある。私がもっとちゃんと龍と向き合っていれば…全て、私の責任だ」
お父さんの言葉に、胸の奥深くにしまいこんでいたあの日の哀しみが、甦ってきて。
息が、詰まる。
「許してくれ、など、言えるはずがない。私は許されてはいけない。わかっている。だが、龍の父親として、謝ることだけさせてくれないだろうか」
伏せていた目蓋を上げ、苦渋の色を含んだ眼差しで見つめられて、言葉を失う。
「楓…本当にすまなかった」
もういい、とは言えなかった
思い出すことは少なくなったとはいえ
あの頃の傷はまだ心の奥深くに残っていて
それはきっと一生癒えることはないだろう
過ぎた時間が戻せないのと同じように
過去は決して消せないように
俺の哀しみも決して消えることはない
だけど…
志摩が言ってた
最近の龍は変わったと
忙しい仕事の合間を縫って
積極的に世絆の世話をしたり
志摩を労ってくれるようになったと
とても優しい父親の顔をするようになったと
もしも龍が今
命の尊さを
失くした命の重みを感じてくれているのなら…
視線を上げ、蓮くんを見ると。
小さく頷いた。
その力強い眼差しに背中を押された気がして。
ゆっくりと口を開く。
「…俺は…きっと一生、龍を許すことは出来ないと思います」
瞬間、お父さんの瞳の奥が揺れた。
俺は微笑みを作って、繋いだままのお父さんの手を、自分のお腹に当てる。
「お父さん…俺、ここにいる子どもが、あの時の子どものような気がしてならないんです」
「え…?」
「あの時、生まれることが出来なかったあのこが、もう一度俺のところに来てくれたって、そう思ってるんです」
根拠もなにもない、お伽噺のような俺の話を、お父さんは真剣な眼差しで聞いていた。
「だから…この子たちが生まれたら…龍にも抱っこしてもらいたいって、最近そう思うんです。恨みや当て付けなんかじゃなくて…この子たちが生まれたことを、祝福して欲しい。俺と蓮くんの弟として。この子たちの叔父として。心から祝福してくれたら…その時になったら俺、ようやく龍とちゃんと向き合えるんじゃないかって…そう思うんです」
自分で言葉にすると、ずっとモヤモヤと心の奥底にあった龍への気持ちが整理されていく。
本当のところは
自分でもわからない
いざこの子たちが生まれたら
やっぱり龍には会わせたくないと思うかもしれない
でも
これが今の俺の本当の気持ちだから
「あ、お父さんもこの子たちが生まれたら、抱っこしてあげてくださいね。それまで、元気でいてくれないと困りますから」
涙を浮かべて俺を見つめるお父さんに、そう言うと。
「…ありがとう、楓。本当に、ありがとう…」
お父さんの瞳から、涙が一粒零れて。
真っ白いシーツに、溶けた。
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