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鳳凰(ほうおう)30 side楓

例年よりも暑い夏が来て。 妊娠7ヶ月を過ぎると、ひどく疲れやすく、息切れしやすくなって。 お腹が頻繁に張るようになった。 妊娠中にはありがちな現象だってネットで読んだから、大丈夫だと思ってたんだけど、その日は朝から動悸と目眩が激しくて、ベッドから起き上がれなくて。 「楓、誉先生のところへ行こう」 「でも…まだ、定期検診まで二週間あるし…」 「なにかあったら、すぐに来るようにって言われてるだろ?見てもらってなんでもなければ、それでいいんだから」 そう説得されて。 半日休を取った蓮くんに連れられ、午前中の最後に診察を受けることになった。 「うーん…」 少し疲れただけじゃないかな、なんて、いつもの柔らかい笑顔で言われると思ってたのに、誉さんは俺の症状を聞くと、難しい顔で黙り込む。 「…少し早いけど、醍醐病院に転院した方がいいかもしれないね」 「えっ…!?」 思ってもみなかった言葉に、一瞬頭が真っ白になった。 亮一さんの病院には、いづれ転院する予定ではいた。 誉さんの診療所では出産は出来ないから。 でもそれはもっと先の予定だったのに…。 「お腹の子どもに、なにか?」 蓮くんが、後ろから俺を支えるように抱き締めてくれて。 なにも考えられなくなった俺の代わりに、硬い声で尋ねる。 「いや、子どもたちは順調だよ。大きさも心音も問題ない。ただ、そもそも多胎児の妊娠は母体に負担がかかるからね。妊娠前に健康だった人でも、心不全を起こしたりすることもあるんだよ。楓は、過去に何度か心臓に負荷のかかることがあったから…念のため、醍醐病院で詳しく診てもらった方がいいと思って」 淡々と告げられた言葉に、今度は目の前が真っ暗になって。 「楓っ…!」 くらりと目眩がして、椅子から崩れ落ちそうになったのを、蓮くんが抱き留めてくれた。 「…心臓…俺の…」 過去のいろんなことが、洪水のように頭のなかに溢れてくる。 「俺のせいで…赤ちゃんっ…」 「楓、僕の目を見て。ちゃんと話を聞いて」 恐ろしい予感に、身体がガタガタと震えると、誉さんが俺の手をぎゅっと強く握った。 反射的に合わせた瞳は、とても静かで、でも強い光を放っていて。 ふ、とざわめいていた心が少しだけ落ち着く。 「赤ちゃんを守るために、病院を移るんだよ。あの病院には、僕よりも遥かに優秀なΩ患者専門の先生がいる。亮一先生の友人でね、アメリカで多くのΩ男性の出産に携わって、いくつもの命を助けた先生なんだ。その先生のところで、ちゃんと検査して、無事に赤ちゃんを産もう。いいね?」 一言一言、言い聞かせるような優しい声に諭されて。 俺は不安に押し潰されそうな心を抱えたまま、小さく頷いた。

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