476 / 566
鳳凰(ほうおう)33 side楓
そのまま入院になってしまって。
蓮くんにメッセージを送ると、一時間も経たないうちに病室へとやってきた。
「楓、大丈夫か!?」
息を切らせ、額に汗を滲ませてやってきた蓮くんの姿に、申し訳なさで胸が痛む。
「蓮くん、ごめん…」
「なに謝ってんだよ」
「だって、今日は大事なお客様がいるから、休めないって言ってたのに…」
「大丈夫。挨拶はしたし、後は和哉に任せてきたから」
「ごめん…俺、いつも迷惑かけてばっかりで…」
「迷惑ってなんだよ。子どものことは、俺たち二人のことだろ?迷惑なんて思う必要ない」
「でも…俺がこんな身体だから、赤ちゃん…」
「楓」
強く俺の言葉を遮ると、蓮くんは俺の頭を抱き寄せて、自分の胸に押し当てた。
とくん、とくんと正確な鼓動が鼓膜を揺らし、その力強くて優しい音に涙が出そうになる。
「子どもはもう無理だって言われてた楓のところに、この子たちは来てくれた。それだけ強い魂なんだ。きっと大丈夫。絶対に元気に産まれてきてくれる。俺は、そう信じてる」
「蓮くん…」
その力強い言葉は、まるで言霊のようで。
蓮くんがそう言ってくれると、本当に大丈夫なような気がしてきた。
「新しい主治医の先生のことは、亮一に聞いたよ。今まで何度も困難な出産で母親と子どもを救ってきたすごい先生なんだって。しかも、専門は産科だけど、Ω心理学にも精通しててアメリカではΩ専門の心療内科もやってたって。あいつほどΩの医療に詳しい医師を他に知らないって、そう言ってた。だから、身体のことは先生にお任せして、楓はこの子たちを無事に産むことだけ、考えよう。な?」
大きな手で背中を擦られると、不安は少しずつ小さくなっていって。
「…うん」
俺は蓮くんにしがみつきながら、頷く。
「…そうだ。そろそろ名前、考えないとな」
それでも不安を拭い去れないでいると、蓮くんは少し声のトーンを上げて話題を変えた。
「俺、最近こんなのばっか見てるんだけど」
そうして、取り出したスマホを操作して、俺に向けた画面には赤ちゃんの名前ランキングの文字。
「この間の検診で、二人とも男の子だってわかっただろ?それからずっと、考えてるんだけどさ。やっぱり、なんとなく一文字の名前がいいかなって思って…あと、海に因んだ名前とか。俺たち、節目には必ず海があるからさ」
優しい眼差しで見つめられて。
あの、江ノ島の海が脳裏に浮かぶ。
まだ幼い恋心を抱いてブレスレットを交換したあの日
死のうとした俺を蓮くんが抱き留めたあの日
二人で生きていくことを誓いあったあの日
俺たちの人生の分岐点には
必ずあの海が側にあった
「海…じゃ、あんまり直接的すぎるかな?碧とかもいいな」
「…うん、いいね」
俺が小さな声で同意すると、蓮くんは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、折角双子なんだし、一人ずつ名前を考えようか。どう?」
その提案に。
蓮くんの優しさに。
自然と頬が緩む。
「…ありがとう。蓮くん」
ぎゅっと背中を抱き締めると、蓮くんは笑っておでこにキスをくれた。
ともだちにシェアしよう!