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鳳凰(ほうおう)35 side楓

真っ暗な闇の中を 俺は一人で歩いていた 前も後ろも 右も左もわからない どっちに進んだらいいのかも 俺はどうしてここにいるんだろう 蓮くん、どこ…? 愛しい人の名前を呼んでも答えはなくて ひとりぼっちなんだって認識した途端 恐怖で身体が震えて 足が勝手に走り出す どこへいったらいいかもわからないままに 誰か… 誰かっ… 闇雲に走り回ってると やがて遠くに微かに光のようなものが見えた そっちへ足を向けると 光はどんどん大きくなってきて 足を早めた瞬間 誰かに腕を掴まれた 驚いて振り向くと 腕を掴んでいたのは諒お父さん 『そっちはダメ』 お父さんは硬い表情でそう言って 俺の腕を強く引っ張って またあの暗闇のなかへと連れていく 待って…! お父さん、待って…! 怖い… また一人で彷徨うのは怖い…! 振り払おうとしても お父さんの細く長い指はびくともしなくて また辺りが光ひとつ見えない真っ暗闇になると お父さんはいきなり俺の手を離した 倒れ込んだ衝撃で目を瞑り 次に目を開いた時にはお父さんの姿はもうなかった 待って…! ひとりにしないでっ…! 『ひとりじゃないよ』 お父さんの声が頭の中に直接響く 『耳を澄まして。聞こえるでしょう?』 その言葉の後 微かに聞こえるのは赤ちゃんの泣き声 『さあ、行きなさい』 お父さんの声に導かれるように その泣き声がする方に歩き出す 縺れる足をなんとか動かして先に進むと 赤ちゃんの泣き声は少しずつ近付いてきて 遠くに 再び光のようなものが見えた それに向かって歩を進めると 光の横に誰かが立っているのがわかる 赤ちゃんの泣き声はそこから聞こえてきているようで 駆け足でそこへ向かうと 立っていたのは諒お父さんと剛お父さん その腕には一人ずつ赤ちゃんを抱いていた 『ほら…おまえの子どもだよ』 剛お父さんが 優しく微笑みながら俺に赤ちゃんを渡す 恐る恐る受けとると 今まで泣いていた赤ちゃんはぴたりと泣き止み 俺の顔をまじまじと見つめる 蓮くんにそっくりな意志の強そうな瞳で 凪… 心のままにそう呼ぶと ほんの少し手足をばたつかせ 喜んだように見えた 『この子も、抱いてやって』 諒お父さんが渡してくれた赤ちゃんも 俺が抱っこするとすぐに泣き止んで 円らで優しげな瞳で俺を見つめる 櫂… 同じようにそう呼ぶと やっぱり手足をばたつかせて その愛らしさに微笑みと共に涙が溢れた ようやく会えたね…… 『さあ、もう行かなくては。おまえたちはこんなところにいてはいけない』 溢れる喜びを噛み締めていると 剛お父さんが俺を急かすように背中を押した すぐ横に広がる光の出口に向かって お父さんたちは…? 思わず振り仰ぐと 諒お父さんがそっと首を横に振る 『僕たちはここから先へはいけない。ここから先は……だから』 お父さんの声は途中で掠れて聞き取れなかった 『さあ、早く行きなさい。早くしないと、出られなくなる』 剛お父さんが 俺の背中を強く押す その反動で踏み出した足が 光の中に入って 瞬間 強い力で身体が光の中へと引っ張られていく お父さんっ…! 慌てて振り向くと 諒お父さんを剛お父さんが抱き締めていて 諒お父さんは 今まで見たこともない幸せそうな顔で笑っていた 『さよなら…僕の愛する楓…』 遠ざかる二人に手を伸ばしても もう届かなくて 『どうか…幸せに…』 お父さんっ…!!! 辺りが光に完全に覆われると 二人のお父さんの姿は幻のように消えてしまった

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