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鳳凰(ほうおう)40 side楓
「退院、おめでとう」
翌日。
玄関先まで、紫音先生と数人の看護師さんが見送りに来てくれた。
「元気でね、櫂くん凪くん」
新生児室で櫂と凪の世話をしてくれていた看護師さんが、にこにこ笑顔で俺の腕に抱かれてる凪と、蓮くんが抱いてる櫂の手にそっと触れる。
「楓くんは、二週間後の診察まで無理しないこと。産後すぐに無理して動くのが一番いけないことだから。旦那さん、いいですね?」
「はい、わかってます」
紫音先生に、厳しい目でずいっと距離を詰められて、蓮くんが苦笑いしながら後退るのに、ちょっと笑ってしまった。
蓮くん、紫音先生にはなんだか弱いんだなぁ…
「お世話になりました。ありがとうございました」
逃げるように、櫂をチャイルドシートに乗せる蓮くんに、ついつい頬が緩みつつ。
俺も凪をチャイルドシートに乗せて、車に乗り込む。
「本当に、ありがとうございました」
窓を開け、見送ってくれる皆さんにもう一度頭を下げると、車はゆっくりと走り出した。
病院の敷地内を出て、窓を閉めると、蓮くんは細く息を吐き出す。
「…本当に、いいのか?」
そうして、もう一度確認するように横目で俺を見た。
「うん」
「別に、無理して会うことないだろ。お父さんに手を合わせるだけで帰るんじゃ、ダメなのか?」
蓮くんの口調は、珍しく少しキツめで。
それだけ俺を心配してくれてるんだって、ひしひしと伝わってくる。
そのことは、素直に嬉しかった。
でも。
「…ダメだよ。だって、あの家に行ったら嫌でも思い出してしまうもん」
「だったら、無理に行かなくてもいいだろ。楓の分まで、俺が線香上げてくるから」
「待って」
苛々しながら、マンションへと行き先を変えようとハンドルを切る蓮くんの腕を、慌てて止める。
「なんでっ…」
蓮くんは一瞬声を張り上げて。
すぐに自分を落ち着かせるように息を大きく吐きだすと、路肩に車を止めた。
「…もう、おまえが傷付くのは、見たくないんだよ…」
ハンドルに手を掛けたまま、俯き。
苦しそうに言葉を吐き出す蓮くんの姿に、胸がチクりと痛んだけど。
「…ごめん。蓮くんの気持ちは、すごく有難いって思ってる。でも…これは、俺が自分で乗り越えなきゃいけないことだから」
俺は蓮くんの手に自分のそれを重ねて、ぎゅっと握る。
「俺の心の一部は…ずっと、あの日あの場所から動けなかった。でも、櫂と凪を産んで…ようやく、あそこから一歩前に進めた気がするんだ」
「…楓…」
ゆっくりと顔を上げた蓮くんの瞳は、まだ不安げに揺れてて。
俺は大丈夫だよって伝えるために、笑顔を作った。
「俺自身、まだ龍になにを言いたいのか、整理できてないけどさ…俺たちの禍根を、櫂や凪、それに世絆に繋ぎたくない。もう、蓮くんや志摩に俺たちのことで苦しい思いをさせたくない。だから今、ちゃんと向き合わなきゃいけないって、そう思うんだ」
そう伝えると、蓮くんはしばらくの間無言で俺を見つめて。
それから、長い溜め息を吐き出した。
「そういう目をしてる楓は、俺がなにを言っても無駄なんだよな」
「え…?どんな目…?」
問い返すと、蓮くんはなぜか困ったように笑いながら、俺の髪をクシャクシャと混ぜる。
「わかったよ。側にいるから、言いたいこと龍にぶちまけてやれ」
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