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鳳凰(ほうおう)41 side楓
懐かしい門の前に立つと、無意識に身体に力が入った。
「大丈夫か?」
櫂を抱っこした蓮くんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「…うん。大丈夫」
俺はすくみそうになる足に力を入れ、自分に気合いを入れるために凪を抱え直した。
その反動で眠っていた凪がぱちりと目を開ける。
この世の苦しいことなんてなにも知らない無垢な瞳が、俺をじっと見つめて。
その透明な光に、そっと背中を押されたような気がした。
「…行こうか」
俺の様子を見ていた蓮くんが、促して。
俺は13年ぶりに、懐かしい門をくぐった。
玄関に向かうポーチには、色とりどりの花々が咲いたプランターが、お客様を歓迎するように綺麗に並んでいる。
それを見ていると、心の奥底にしまっていた記憶が溢れてきた。
「…昔ね、初めてのヒートの後、学校行けなくなったでしょ?あの時は、自分がΩだなんて受け入れられなくて…誰かに自分を見られるのが嫌で、家から出ることも怖かった。そんな時、小夜さんにここの花たちのお世話を頼まれて…花に触れてると、すごく癒された。花には、俺がΩでもβでも関係ないからさ…あの時、花のお世話をすることが俺の支えだった」
「そうだったのか…俺は側にいたのに、そんな楓の気持ちには気付いてあげられなかった。ごめん」
今まで話したことのなかった気持ちを吐露すると、蓮くんは申し訳なさそうに目を伏せる。
「ううん…あの時は、どうして自分がΩなんだって、絶望したけど…今は、そうじゃないから…」
言いながら、蓮くんの向こう側へと視線を向けると、蓮くんもそっちへと目を向けた。
そこに広がるのは、青々と芝生の生い茂った庭。
俺が初めて蓮くんと出会った場所
「あそこで、蓮くんを初めて見たとき…天使がいるって思ったんだ」
「ええっ!?」
「蓮くんの背中にね、羽が見えたの。真っ白な大きな羽が。すごく綺麗で…みとれちゃったんだよね」
俺の言葉に、蓮くんが目をぱちぱちさせて。
それから、ふっと表情を緩めた。
「天使は、楓の方だろ。俺は楓が初めてピアノを弾いてるのを見た時に、おまえの背中に羽が見えた。とびきり白くて大きな羽が」
「ええ?嘘だぁ」
「本当だよ。楓の奏でる音が、天使の歌声みたいに思えて…涙が出たんだ」
そう言われて。
初めてピアノを蓮くんの前で弾いたとき、急に泣き出して焦ったことを思い出す。
「あれ、びっくりしたよ。それまで、蓮くんってなにがあっても動じない、サイボーグみたいな人って思ってたから…」
「ちょっ、サイボーグは酷いな!」
「ふふっ…ごめん」
怒ったふりをするから、笑いながら謝ると。
蓮くんもすぐに優しい微笑みに変わった。
「懐かしいな」
「そうだね」
辛い思い出でいっぱいだと思ってたけど
ここには楽しい思い出も
優しい思い出も
たくさんあったんだ
「…俺、ここに帰ってきてよかったよ…」
「…そうか…」
しばらくの間、庭を眺めていた俺たちを。
櫂と凪は不思議そうに見つめていた。
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