503 / 566

番外編 蜂鳥(ハチドリ)1 side楓

「あ…」 その瞬間、目に飛び込んできたものに思わず足を止めた。 レジ横に作られた特設コーナーには、いろんな種類のチョコレートが所狭しと並べられている。 「そっか…今日はバレンタインだっけ…」 吸い寄せられるように、近付いた。 バレンタインかぁ… 昔、お店に勤めてる時は、季節のイベントとしてお得意様に渡さなきゃいけなかったから一応準備したりしたけど、辞めてからは意識したこともなかったなぁ… 蓮くんにあげたことも、一度もないし… 去年の今頃は妊娠がわかって、でもお父さんが大変な時で、それどころじゃなかったしね でも… 今年はちゃんと戸籍上も夫夫になったんだし… 「…蓮くん、もしかしてこういうの欲しい…かな…?」 何とはなしに手に取ったのは、ピンクのハートがたくさん散りばめられた可愛い包装紙の箱。 でもなぁ… 蓮くんってそもそも、甘いものあんまり食べないんだよね… 昔は少しは食べたけど、大人になってお酒を飲むようになってからは全く食べないかも 外食したときにたまに付いてくるデザートだって、口も付けずに俺にくれるし …まぁ、それは俺が甘いもの好きだって知ってるから、ってのもあるんだろうけど… 「チョコ貰っても、嬉しくないかな…」 だったらワインやウイスキーの方が喜ぶかな? でもそれじゃあバレンタインの意味ないよね? 「うーん…どうしよう…?」 その箱を持ったまま、考えあぐねていると。 「…っふ…ふぎゃ…ふぎゃぁぁっ…」 ベビーカーの上でぐっすり眠っていたはずの櫂が、突然グズリだした。 「ふにゃぁぁっ…」 そうなると、釣られて凪まで泣き出すのが常で…。 「ごめん、ごめんっ!すぐ帰るからねっ!」 俺は手に持っていた箱を咄嗟に籠の中へ突っ込んで、慌ててレジへと向かった。

ともだちにシェアしよう!