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番外編 朱嘴鸛(シュバシコウ)3 side蓮
違和感を感じて
目が覚めた
「えっ…」
目が覚めた瞬間に感じたのは
噎せ返るような梔子に似た甘いフェロモンの香り
まさかっ……
「楓っ!?」
慌てて腕のなかの楓を確認すると。
「蓮、く…」
赤く染まった頬で、はぁはぁと苦しげに息を乱し。
もう情欲に蕩けた熱い眼差しで俺を見上げる。
その身体から、また甘いフェロモンの香りが立ち上って俺を包み込み。
俺の身体も、火が着いたように熱くなった。
「ごめっ…おれ…ヒート…きちゃった、みたいっ…」
嘘だろっ…!?
先に世絆を産んだ志摩くんだってまだ来てないし
誉先生も一年は来ないだろうって言ってたのにっ…
「ど…しよ…ごめっ…」
動揺して言葉を失った俺に、楓が涙ぐみながら謝って。
はっと正気に戻る。
「んなこと、謝んなって!ちょ、ちょっと待ってろ!」
甘美で、けれどひどく獰猛な楓のフェロモンに引き摺られそうになるのを、歯を食い縛って無理やり抑え込み。
念のためとベッド脇のチェストの引き出しにしまってあった即効性の抑制剤の注射器を取り出し、腕に突き刺した。
それから、気休めにもならないかもしれないけど、一応楓の口にも抑制剤を含ませる。
「れん、くっ…」
「ちょっとだけ、我慢な。すぐに気持ち良くしてやるから」
「ん…」
苦しげに顔を歪めながらも小さく頷いた楓は、俺の枕をぎゅっと胸に抱え込んで、布団を頭から被った。
「えっ、と…まずはなにやればいいんだっけ…?」
薬のお陰で、少し冷静さが戻ってきた頭を動かす。
まずは…
櫂と凪を預けなきゃなんないよな
それからヒート休暇を出して
一週間分の食料を調達して…
これからやるべきことを頭のなかに並べながら、外がもう明るくなってることを確認してベッドルームを出て、携帯を取った。
『はい。どうかなさいましたか?』
2コールで繋がった小夜さんは、もう起きて動いていたのか、はっきりした声で応答する。
「朝早くすみません!楓のヒートが始まったみたいでっ…」
『まぁ、大変!』
「それで、この間お願いした通り、櫂と凪を預かってもらいたいんですが…」
『もちろんですっ!すぐにお迎えに行きますから!』
「あ、いえ…これから準備して連れていきますから…」
『こんなときに、蓮さんが楓さんの側を離れちゃダメです。私が双子ちゃんたちをお迎えに伺います!』
「…では、お言葉に甘えて…すみません、ありがとうございます」
少し前に龍と話した時、志摩くんと楓のヒートが再開した時には、お互いに子どもたちを預け合おうって約束を取り付けていたので、子どもたちの問題はすぐに解決できた。
尤も、うちの方が早く預けることになるのは想定してなかったけど…。
慌ただしく通話を終わらせ、双子の荷物を纏めながら今度は和哉へと電話をかける。
『はーい、なにー?だれー?』
長い呼び出し音の後にやっと繋がったと思った瞬間、聞こえてきたのは春海の声。
一瞬かける相手を間違えたのかと焦ったが、ディスプレイに表示されてるのは間違いなく和哉の名前で。
「なんでおまえが出るんだよ!和哉に代われ!」
『あれー?蓮かぁ。ちょっと待っててねん。おーい、かずぅ、蓮から電話だよー』
焦る俺の声がわかってるだろうに、嫌がらせかと思うほど呑気な春海の声にイライラしてると。
『はぁ?おまえ、なに勝手に俺の携帯出てんだよ!』
『だって、かずったら起こしたのに起きないんだもん』
『だからって勝手に出るな、バカ!』
『朝からバカって、ひどーい!』
さらに呑気な二人の会話が聞こえてきて。
「おい!ふざけてんな!こっちは急いでんだよ!」
つい、大声で怒鳴ってしまった。
『あ、蓮さん!?すみませんっ!なんかありましたか!?』
和哉が、珍しく焦った声で応答する。
同時に、ベッドルームから双子の鳴き声が聞こえてきた。
「楓のヒートがきた」
『えっ…わかりました。ホテルのことは任せてください。休暇申請も、俺の方でやっておきます』
「すまない。頼む」
『櫂と凪は?』
「預かってもらえるところがある」
『了解です』
端的な会話だけで通話を終え。
俺は慌ててベッドルームに戻った。
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