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番外編 朱嘴鸛(シュバシコウ)10 side蓮

「…なぁ、ピアノ弾いてくれない?」 二人で協力して、家中の掃除と洗濯を終わらせて。 久しぶりにちゃんと食事をした後、リラックスした顔でコーヒーを飲んでる楓にそう話しかけると、びっくりした顔で俺を見上げた。 「なに?急に」 「最近、忙しくて全然弾いてないだろ?小さい頃から、俺の日常には楓のピアノが流れてるのが当たり前だったからさ。最近、それがなくてちょっと寂しい」 まぁ それは本当にそうなんだけど 「えー…でも、もう何ヵ月も弾いてないから、指、鈍っちゃってるよ?」 「いいよ。楓の奏でる音が、聞きたいの」 本当の本当は…… 「うーん…」 「お願い」 楓はあまり乗り気じゃなさそうだったけど、俺が両手を合わせて拝んでみせると、しぶしぶ立ち上る。 「下手だなって、笑わないでよ?」 「そんなこと思うわけない。つーか、どんなに弾かなくても、俺より遥かに上手い」 「ふふっ…確かに。蓮くん、音楽の才能だけ、どっかに落っことしてきたもんね」 俺のふざけた言葉に、楓は笑って。 軽やかになった足取りで、ピアノの前に立った。 「あ、やば…ちょっと埃かぶってるじゃん」 触れる指先は、ひどく愛おしげで。 蓋を開け、鍵盤を見つめる瞳は、キラキラと眩い輝きを放つ。 「なに弾く?」 「そりゃあもちろん、あれだろ」 「だよね」 俺の答えに、ふんわりと柔らかく微笑んで。 鍵盤に置かれた指が奏でるのはもちろん、ショパンのノクターン。 おまえと諒おじさんの そしておまえと俺の なによりも大切な、大切な曲 切なく、でもひどく優しい旋律を奏でるその横顔は、どんな時の楓よりも美しくて。 この顔は ピアノを弾いてるときにしか見られないんだよな… もちろんどんな楓でも好きなんだけど やっぱりピアノを弾いてる時の楓は特別で ずっとこの楓が見たかったんだ 満足感と幸福感に満たされながら、柔らかな音に包まれていると。 やがて音が止んで、小さな溜め息が聞こえてきた。 「やっぱ、指が動かなくなってるなぁ…」 不満気に唇を尖らせる楓を、後ろからぎゅっと抱き締める。 「そう?全然わかんなかったけど。じゃあ次は、ラプソディーインブルーで」 「ええ?まだ弾くの?」 「うん、もっと聞きたい」 「…イチャイチャするんじゃ、なかったの?」 「してるじゃん。楓の音に包まれて、俺的には十分イチャイチャしてる」 「はぁ?」 楓は、ちょっと呆れたような顔で、俺をまじまじと見つめて。 それからおもむろに、椅子から立ち上がった。 「じゃあ、蓮くんがここに座って」 「ええ?いや、俺は…」 「いいから、早く!」 驚いてる間に、強引に楓が今まで座ってた椅子に座らされて。 なにをやらされるんだと内心ドキドキしていたら、楓は俺の足の間に背を向けて座り、背中を凭れかけてきた。 「これなら、いいでしょ?」 俺の両手を取って、自分の腰に回し。 顔だけ振り向いた楓は、眩しいくらいの笑顔で。 「…ああ」 腰に回した腕に、少しだけ力を入れて楓を引き寄せ。 再び流れ出したピアノの柔らかな音色と、楓の心地いいフェロモンの香りに包まれながら、俺はそっと目を閉じた。

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