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番外編 鴎(かもめ)2 side蓮

優しいピアノの音色を聴きながら、膝と腹の上の温かさにつられてうとうとしていると。 遠くで、携帯の着信音が聞こえた。 「ふにゃぁっ…」 反射的に起き上がろうとしたら、腹の上で眠っていた凪がぐずった声をあげて。 慌てて、その背中を擦りながら、再びソファに体を預ける。 同時にピアノの音が止んで、楓が俺の携帯を手に取った。 「ごめん」 「ううん」 携帯を渡してくれる手と反対の手を凪に伸ばすから、首を横に振ってそれを断って。 ディスプレイを確認すると、龍からの電話。 「はい」 腹の上と膝の上で眠ってる双子を起こさないよう、小さな声で応えると。 『あ、ごめん。仕事中だよね』 なぜか、電話の向こうの龍も声を潜める。 「いや、今日は休みだけど…どうした?」 楓は側で様子を伺ってたけど、凪が再びすーすーと寝息を立て始めたのを確認して、そっと離れていった。 『あのさ…兄さんに聞きたいことがあって』 「うん?」 『今度、志摩と結婚式をやろうと思ってるんだけど、兄さんのホテルでやりたいって志摩が言っててさ』 「やっとか」 『うん。俺、うっかりしてて…志摩、ずっと待っててくれたみたいなんだよな』 「だろうな。この間うちに遊びに来た時に、俺たちの時の写真、じーっと見てたらしいぞ」 『え、兄さんも知ってたの?だったら教えてくれたらよかったのに』 「そんなこと、こっちが教えることじゃないだろ。っていうか、うちのホテルでいいのか?もっと格式のある場所の方がいいんじゃないのか?」 『いや、そういうしきたりみたいなのはもう止めようと思ってさ。ここ数年で親戚連中もだいぶ代替わりして、昔みたいに一族に御披露目、って感じでもなくなってきてるし…兄さん、従兄弟の翔って覚えてる?』 「もちろん」 『あいつ、この間嫁と二人でグアムで式挙げたらしいよ。親戚どころか、親すら呼んでないって。せめて親だけでも呼んで欲しかったって、叔母さん嘆いてたらしい』 「そうか」 『まぁ、俺らはそういうわけにはいかないから、何人かは親戚呼ばなきゃいけないけど…だからさ、兄さんのとこでやってもいいのか、先に聞いとこうと思って。…楓のこととか』 聞き取りづらいほどに小さな声で最後に付け加えられた言葉に、思わずキッチンで作業をしている楓へと目を向ける。 鼻唄交じりに、どこか楽しそうになにかを作ってるその姿に、思わず頬が緩んだ。 「大丈夫だよ。楓とのことは、隠すようなことじゃないし。もしなにか言う奴がいても、楓のことは絶対に俺が守る」 楓は俺の最愛の番で最愛のパートナー そのことを誰にも隠したりする必要なんてない 『…うん。そうだよね』 龍の声は、どこか嬉しそうだ。 『じゃあ、兄さんのとこで式をお願いするよ。今度、見学に行ってもいい?』 「ああ、もちろん。個人的に案内してもいいが、来月の第一日曜日にブライダルフェアがあるんだ。料理の試食なんかもあるから、もし日程が合えばそっちの方が志摩くんもイメージしやすいかもしれないな」 『ホント?じゃあ、休み取って行くよ』 「ああ。俺も予定を空けておく」 『ありがと。…あ、それとさぁ…』 だけど、急に猫なで声を出してきて。 嫌な予感が、した。 『志摩が、式で楓にピアノ弾いて欲しいって言うんだよ。入場の時とか退場の時とか…んでさ、俺、つい言っちゃったんだよね。兄さんになんとかしてもらうって…』 「おい、おまえ何勝手なことっ…」 『お願い!兄さんから楓に頼んでくんない?俺、志摩に喜んでもらいたいんだよ!』 「だからって、勝手に…」 『あ、ヤバい!会議の時間だわ!じゃ、また連絡する!頼んだよ、兄さん!』 「あ、おいこらっ!龍っ…!」 「ふぎゃーーーっ!」 「あぁっ、ごめん櫂っ!」 一方的に捲し立てた後、逃げるように一方的に通話は切れて。 つい出てしまった大きな声にびっくりしたのか、膝の上で眠ってた櫂が火が着いたように泣き出す。 そうなると、つられて凪も泣き出すのが鉄板で…。 「ふぎゃーーーっ!」 「ふにゃーーーっ!」 「ごめんごめん!びっくりしたよな!ごめん!」 慌ててキッチンから飛び出してきた楓に視線だけで謝りつつ、泣きわめく双子を宥めながら。 龍のやつ… 絶対協力してやんねぇっ! 俺は心の中で、盛大に龍に毒づいた。

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