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番外編 鴎(かもめ)3 side蓮
とはいえ…
ヒメの復帰はそろそろ真剣に考えないといけない時期だよなぁ…
最近は子育ての合間にちょこちょこ弾いてるらしいし
今日みたいに
俺が休みで双子の面倒見てる間はずっと楽しそうに弾いてるし
双子もなぜか楓が弾いてる間はおとなしくしてるし
なによりピアノを弾いてる時の楓はなによりも綺麗で
そしてどんな時よりも幸せそうで
やっぱり楓にとってピアノはなくてはならないものなんだって最近強くそう思う
だから、俺としては早くヒメとして復帰させてやりたいんだけど
当の楓がどう思ってるか、なんだよな…
生まれてすぐは、子どもたちが大きくなるまでは子育てに専念したいってことは言ってたけど
今はどうなんだろう…
「ぱぁぱ、いちゃい?」
蓋の閉じられたピアノを見つめながらぼんやりと考えていると、トン、と足に小さな衝撃がきて。
目を向けたら、櫂が俺の足にしがみついて、不安そうに見上げてた。
「え?」
「ぱぁぱ、いちゃい?」
「いや…どこも痛くないよ、大丈夫」
抱き上げて、笑顔を作ってみせても、櫂は眉を下げたままで。
「ぱぁー」
今度はまだ覚束ない足取りでトテトテと歩いてきた凪が、俺の足にしがみつく。
「龍からの電話、そんなに無理難題だったの?」
凪を抱き上げ、二人を膝の上に乗せて頭を撫でていると、楓までやってきて。
隣に座り、俺の腰に手を回してぎゅっと抱きついた。
「いや、そんなことないけど…」
「そう?だって、難しい顔して考え込んでるから…よっぽど大変なこと、言われたのかと思った」
「ぱぁぱ」
「ぱぁー」
3人とも、同じように心配そうな瞳で俺を見つめてくる。
不謹慎だと思いつつ、その気持ちが嬉しくて、思わず笑みが溢れた。
「ちょっと仕事の考え事してただけだよ。龍の電話は、そんなんじゃなくて。龍と志摩くん、今度結婚式やるんだってさ」
「え?ほんと?」
そう告げると、楓はぱぁっと嬉しそうに顔を綻ばした。
「ああ。それをうちのホテルでって言ってくれてて。今度見学に来たいって話」
「そっかぁ…ようやく、だね。龍、もしかして忘れてるんじゃないかと思ってたけど、ちゃんと覚えてたんだ」
「あ、ああ…そう、みたい、だな…?」
「よかった」
ドキリとして、つい吃ってしまった俺には気付かなかったようで。
「蓮くんは呼ばれるよね。そうしたら、志摩の写真、いっぱい撮ってきてね」
にこにこ笑いながら、ずいぶんと気の早いことを言う。
「撮ってきてねって、楓だって呼ばれるだろ」
「無理だよ。だって、九条の関係者いっぱいくるでしょ?俺が出てったら、まずいじゃん」
「まずくない。楓と俺は正式な夫夫なんだから、全く問題ない」
「そうだけど…ほら、この子達の預け先もないし。小夜さんだって結婚式出るでしょ?俺は、別の日に個人的にお祝いするから、それでいいの」
有無を言わさぬ強めの口調で、言い切られて。
結局、その日はヒメのことは言い出せなかった。
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