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番外編 鴎(かもめ)4 side蓮
「はぁぁぁぁ……」
俺の話を聞いた和哉は、身体中の二酸化炭素がなくなるんじゃないかってくらいの、長い溜め息を吐いた。
「知ってますけど…嫌になるくらい、知ってましたけど…」
「なにをだよ」
「蓮さんの、いつも冷静で合理的で、時には冷酷なくらいの判断力が、こと楓のことになると全くと言っていいほど機能しないってことをです」
ずい、と顔を寄せて詰められて。
思わずぐっと言葉を飲み込む。
「そんな、ことは…」
「ないと、本気で言い切れますか?」
自分でも薄々感じてることをズバリと言い切られて。
今度こそ、ぐうの音も出なくなってしまった。
「し、仕方ないだろ。楓には、自由に生きて欲しいんだよ。俺の意見で、楓の意思をねじ曲げるなんて、絶対に嫌だ」
「ねじ曲げるって…別に、楓はそんな風には思わないと思いますけど?意見は意見として、最後は自分の意思で決められると思うんですけどね。だいたい、結婚式で演奏して欲しいって依頼があるっていうだけなら、ただの事実の伝達じゃないですか」
「そうだけど…」
和哉はもう一度小さく溜め息を吐いて。
「このホテルの副支配人として、俺は賛成ですよ。ヒメの復帰と、結婚式の演奏サービス」
きゅっと頬を引き締めた、ビジネス用の顔で俺を真っ直ぐに見つめる。
「あの人ファンが多いですからね。ヒメの復帰はいつになるんだって尋ねてくるお客さま、たくさんいますし。そもそも、ウェルカムサービスだけじゃもったいたいとは、以前から思ってたんです。結婚式での生演奏なら、うちの独自性も上がりそうですし。龍と志摩くんの結婚式なら、ヒメにとっての初仕事にぴったりだと思いますけど。コンチネンタルメープルホテル東京の総支配人としては、その辺はどうお考えですか?」
そうして、わざわざ役職名で俺を呼んでみせて。
九条蓮としての私情なんて、それ以上口にすることは出来なかった。
「そりゃあ…もちろん、ヒメの復帰は大歓迎だけど…」
「なら、決まりですね」
それでもぐずぐずと反論しようとした俺を、ピシャリと遮って。
今度は不気味なほどに、にっこりと微笑む。
「蓮さんは難しいでしょうから、説得は私がやります。今日、蓮さんちに行っても大丈夫ですよね?」
「え?今日!?」
「ええ。ちょうど春も休みで、双子に会いたがってましたし」
「春海もくんのか!」
「駄目ですか?」
「あ、いや…駄目、ではないけど…」
「じゃあ、決まりですね」
ポンポンと、テンポよく話を進められて。
いつの間にか、勝手に家に押し掛けられることになってしまった。
なんか…
こいつ最近変わったか…?
俺に対してずいぶん遠慮がなくなった気がする…
「…なにか?」
「いや、別に」
「それでは、私は業務に戻ります。また後程」
そう言って、振り向きもしないでスタスタと部屋を後にする背中を見ながら。
俺は深く溜め息を吐いた。
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