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番外編 鴎(かもめ)6 side楓
子ども達を寝かしつけてリビングへ戻ると、3人はラグに座りローテーブルを囲んで、お土産のウイスキーを飲んでた。
「お、やっと寝た?」
「うん」
蓮くんが、身体をずらして左側を空けてくれて。
そこに座ると、なぜか春くんがにこっと笑った。
「なに?」
「いや、昔から蓮の左側は楓の定位置だったなって、なんか思い出しただけ」
「そうだっけ?」
思わず蓮くんを仰ぎ見て。
確かにいつも見上げる蓮くんの顔はこの角度だったかも、と思い出す。
あの生徒会室や九条の家のダイニングテーブルや…
ううん、そのずっと前…
出会った時から
「そういや、そうだな」
蓮くんも懐かしそうに目を細めて。
そのまま見つめあってると、和哉の咳払いが聞こえてきた。
「思い出に浸ってるところ、申し訳ありませんが…今日はヒメに大切な話があって来たんです」
「え…?」
突然、ヒメの名前を出されて、我に返る。
「ヒメ、って…」
「ええ。そろそろ復帰の時期を考えてもいい頃かと思いまして」
「え…」
酷く冴えた瞳で、和哉は真正面から俺を見つめて。
思わず、背筋を伸ばした。
それはもちろん
朧気には考えていたけれど
はっきりと言葉にされると
急に現実味が帯びる
ヒメとして復帰する
俺は……
「もちろん、無理強いするつもりはありません。あなたの気持ちが決まったら…と思ってたんですが、実はいつもの仕事とは別のオファーをいただきましてね。結婚式でヒメにピアノを弾いて欲しいと。俺としては、復帰するには良いタイミングじゃないかと思うんです」
「結婚式…?」
続いた言葉に、昨日の龍からの電話の後の蓮くんの姿が脳裏を過って。
「それ、もしかして…龍と志摩の?」
「そうです。彼らの結婚式なら、あなただって祝福してあげたいと思うかと」
パズルのピースが、パチンと填まった気がした。
「…和哉。少しだけ蓮くんと二人で話してもいい?」
言いながら、蓮くんの左手を握ると。
蓮くんの身体がぴくんと揺れる。
「もちろんです」
「ありがと」
手を繋いだまま身体ごと蓮くんの方を向くと、蓮くんもおずおずとこっちに身体を向けたけど。
視線は微妙に外されていた。
「蓮くん」
「…はい」
「昨日、蓮くんが悩んでたこと、このことだったんだよね?」
「…うん」
なんでその時に話してくれなかったの?
なんて口から零れ落ちそうになったけど。
きっと、蓮くんが俺のこといっぱい考えて、あえて言わなかったんだろうってことは良くわかってるから。
言葉はいったん飲み込んで、ゆっくりと息を吐く。
「…正直な気持ち、話すね?」
「うん、もちろん」
蓮くんの瞳が、微かに揺れる。
「俺は…ヒメとして、復帰したいと思ってる」
真っ直ぐにその瞳を見つめ、一言一言を噛み締めるように言葉にすると、蓮くんはこくんと小さく息を飲んだ。
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