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番外編 鴎(かもめ)15 side蓮
龍と志摩くんの結婚式が行われる日は、雲一つない抜けるような青空だった。
「龍、俺だ」
龍の控え室をノックすると、外まで聞こえていた賑やかな話し声がピタリと止む。
「どうぞ」
龍の返事が帰ってきて。
ドアを開くと、白いタキシードに身を包んだ龍と、それを取り囲むように立っている懐かしい顔が目に飛び込んできた。
「おー、蓮っ!ひっさしぶりだな!」
真っ先に声を上げたのは、従兄弟の翔。
お父さんのすぐ下の妹、都叔母さんの息子だ。
「蓮にぃ、長いこと会わない間に、なんか雰囲気変わった?」
その横には、都叔母の下の弟、司叔父の息子の満。
他にも、久しぶりに会う従兄弟たちが集まっていた。
「そうかな?まぁ、14.5年ぶりだからな。多少は変わってるだろ。おまえたちは、あんまり変わってないけど」
みんなに会ったのは俺がアメリカに行く前が最後だったから、本当に久しぶりの再会だったけど。
みんな大人になりつつも、雰囲気はあまり変わってなくて。
懐かしさに、思わず頬が緩む。
「え、そう?俺、めちゃめちゃイケメンになってるだろ?」
中でも一番のお調子者の翔が、妙にキザなウインクをして見せて。
「…ダサ」
「うん。今のは普通にキモい」
一斉に突っ込まれて、部屋に笑いが起こった。
懐かしい…
昔はこうして親戚で集まって
難しい話をする大人達を後目に
子どもだけで騒いだりしたっけ
いつも大人たちの輪に俺を入れていたお父さんも
親戚だけの時は俺が子どもたちの所にいるのを許してくれたから
その時だけは自由な子どもの自分でいられて嬉しかった
でも楓は決して親戚の集まりには連れていってもらえなくて
帰った時の寂しそうな顔を見るのが嫌で
段々とそういう場からは足が遠退いたんだよな…
「そんなことより!」
古い感傷に浸っていると。
大声で叫んだ翔に、ガシッと強く肩を掴まれた。
「今日の結婚式、ヒメの生演奏だって本当!?」
そうして、やたらキラキラした眼差しでそう訊ねられる。
「え…そう、だけど…」
「マジかよー!それ知ってたら、うちの嫁、引き摺ってでも連れてきたのにー!なんで言ってくれなかったんだよ、龍!」
心底残念そうに叫ばれて。
なんのことかと思わず龍を見ると、苦笑いしながら肩を竦める。
「翔の奥さん、ヒメの大ファンなんだってさ」
「そうなのか…?」
「おう。動画サイトで見つけたらしくってさ。俺の嫁、Ωだから…同じΩで、でもああやって人前で堂々と演奏するヒメに憧れてるって。あいつも…Ωってことでいろいろあったからさ…」
「…そうか」
少しだけ潜めた眉に、翔の奥さんもまた、苦しい思いをしながら生きてきたんだろうということは容易に想像がついた。
そして、きっとその傍らで翔も悲しんだんだろうということも。
「実は、このホテルも二人で泊まりに来たこともあるんだ。もちろん、ヒメの演奏目的で」
「そうなのか?連絡してくれればよかったのに」
「いや…なんか、迷惑かなと思って」
何気なくそう言うと、翔は困ったように薄く笑う。
「おまえ…九条の人間とは、もう関わりたくないのかと思ったから」
「え…」
驚いて、周りを見渡すと。
その場にいる全員が小さく頷いた。
「いきなり、後継辞めてさ…日本からいなくなって。やっと帰ってきたかと思ったら、九条とは全然関係ないホテルの支配人になってるしさ…なんかこう…言い方変だけど…おまえに捨てられたみたいな気持ちだったんだよ。俺たち、幼い頃からずっと、いつかはおまえの下で働くんだって思ってたから」
少し遠慮がちにぽつぽつと話す翔の言葉に、小さな衝撃を受けた。
そんなこと
全く考えたこともなかった…
あの時の俺は自分の気持ちで精一杯で
周りのことを考える余裕なんてなかった
翔たちがまさかそんな風に思ってたなんて…
「…すまない」
「違う。責めてるわけじゃないんだ」
申し訳なさに頭を下げた俺を、翔が慌てて遮る。
「龍に、聞いたよ。おまえがなぜ九条を出たのか…」
「え…?」
思わず龍を振り向くと、黙って目を伏せた。
「ごめん。おまえの…いや、おまえたちのこと、なんも知らないで、勝手に恨んだりして」
「…いや、それは…」
「楓のことも、さ。知らなかったこととはいえ…従兄弟なのに会うことも出来ないなんておかしいって、ずっと思ってたのにさ…」
「それはっ…おまえたちのせいじゃない。そもそも、俺とお父さんが楓がΩであることを隠してたから…」
楓を守ろうとして
それが一番あいつを傷付ける結果になってしまった
「…もういいじゃん。過ぎたことを今言っても、仕方ないよ」
俯いた俺の肩に、満がそっと手を置く。
「ようやく、こうやって一族でまた集まれるようになったんだしさ。俺たち、またみんなで楽しくやってきいたいって思ってるんだよ。…もちろん、従兄弟である楓も一緒にね」
そして、屈託のない顔でにっこりと笑った。
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