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番外編 鴎(かもめ)18 side楓
「はじめまして。俺は翔。よろしく」
それでも。
初めて会う彼らを前に、緊張はするもので。
「あ…はじめ、まして…」
辿々しく挨拶を返す俺に、翔さんは嫌な顔ひとつしないで手を差し出した。
「あ…」
これって握手を求めてるんだ、よね…
「…あ!ごめん!蓮以外のαに触られんの、嫌だよな!ごめん!」
その手を取るのを躊躇していると、翔さんは大声で謝りながら手を引っ込める。
「あ、いえ…」
「ごめんごめん!Ωのことは理解してるつもりなんだけど、ついうっかりしちゃって…嫁にもいつも怒られるんだよ!」
「え…?」
「俺の嫁、Ωだから」
びっくりして顔を見返すと、彼はとっても優しい顔で笑った。
それがどことなく蓮くんに似てて。
ほんの少しだけ、緊張が和らぐ。
「今日は、突然ごめんな?会いたいなんて言って。でも俺、蓮と楓と龍にすごく感謝してるからさ。だからそれをどうしても伝えたかったんだ」
「…感謝…?」
思ってもみなかった台詞が飛び出して、思わず蓮くんを仰ぐと、蓮くんも不思議そうに首を傾げた。
「俺さ、今の奥さんと大学の頃から付き合ってて、結婚の約束もずいぶん前からしてたんだけどさ。ずっと許されなかった。相手がΩだから」
そう言って、翔さんは少しだけ辛そうに笑う。
「結婚相手は絶対にαじゃないとダメだって。そういうしきたりだからって。時代錯誤だって言っても、聞く耳持ってくれなかった。どんなに説得しようとしても、話も聞いてくれなくて、いっそ家を捨ててやろうかって思い詰めて…でも、ちょうどその時に龍がΩの子と結婚したって聞いて。その後に蓮と楓もさ。しかも、楓は実はΩだったって言うし…ビビったっての!俺ら、みんな楓はβだって思い込んでたからさ」
「…すみません…」
「ああ、違う違う!謝んないで!だって、αに生まれたとかΩに生まれたとか、自分で選べるもんじゃないじゃん?だから、楓が謝る必要なんてミジンコほどもないから」
反射的に頭を下げると、慌ててそう言って。
「…おまえたちの結婚、剛伯父さんは全く反対しなかったって、むしろ喜んでたって聞いて、うちの母親もようやく折れてくれた。本家が許したんだから…ってさ。だから、俺が今幸せに暮らせてるのは、おまえたちのおかげなんだ」
最後は本当に幸せそうに、柔らかく微笑んだ。
「ここにいるみんなも、そう。満んとこも相手がβでずっと反対されてたし。晋のとこなんて、相手がαなのに家柄が違いすぎるって反対されてたんだぞ?いったい今はいつの時代なんだっての。バカらしい」
大仰に溜め息を吐くと、周りの従兄弟たちもみんな大きく頷いて。
「龍にぃと龍にぃの奥さんと、蓮にぃと楓くんが一族を変えてくれたんだ。本当にありがとう」
翔さんの隣に立っていた満さんって人が、俺に向かって頭を下げる。
ありがとう、なんて…
そんなこと言われるなんて想像すらしてなかった
俺の存在は九条の人たちにとって
あってはならないものだと思ってた
受け入れてもらえる日が来るなんて
考えたことすらなかったのに
「ここにいるみんなはαだけど、みんな楓と同じ九条の血を引く人間であるってことは、同じ。だからさ、これからは同じ血を引く人間同士、仲良く助け合ったりしていきたいと思ってるんだ。いいかな?」
優しい眼差しに、熱いものが込み上げて。
溢れそうになる涙をなんとか堪えながら、何度も頷くと。
「でさ…早速なんだけど、今度俺の嫁に会ってやってくんない?俺の嫁、ヒメの大ファンでさぁ。サインとか、もらえると嬉しいなぁ…なんて」
翔さんが急に上目遣いで、俺を拝むように両手を合わせた。
「おまえ…まさか、楓と仲良くしたいってのは、嫁への点数稼ぎが目的か!」
途端、蓮くんが目を吊り上げて俺をぎゅっと腕の中に囲い込む。
「違う違うっ!」
「おまえ、二度と楓に話しかけんな!」
「ええーっ!?そりゃないよ、蓮~」
二人のやり取りに、部屋のなかは笑い声で溢れて。
つられて笑った拍子に、一粒だけ涙が零れていった。
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