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超番外編 雀鷹(ツミ)2 side櫂
放課後。
サッカー部の練習が終わり、いつものようにみんなと別れて音楽室へと向かう。
三階へ向かう階段を上ってると、優しいピアノの音色が聞こえてきて。
思わず、頬が緩んだ。
「お待たせ、凪。帰ろ」
ドアを開いて声をかけると、凪は手を止め振り向き、俺に向かってママによく似た柔らかい微笑みを向ける。
「うん」
「いつもご苦労様ねぇ、櫂くん」
音楽室の隅でなにやら書類を書いていた音楽教師が、そう声をかけてきた。
「先生、いつも凪を預かってもらってすみません」
「私はいいのよぉ、凪くんのピアノ、とっても素敵だから癒されるし。おかげで仕事が捗るし。でも、毎日一緒に帰るために待ってるなんて、本当に二人、仲が良いわよねぇ」
「…えぇ、まぁ」
教師の余計な一言に、凪の笑顔が固まったのを感じて。
俺は慌てて、凪の鞄を手に取る。
「それでは、お先に失礼します」
「はーい。気を付けて帰るのよぉ」
「先生、さよーならー」
急いで挨拶をして、凪の手を引っ張って教室を出ると。
凪は数歩歩いたところで、大きく溜め息を吐いた。
「もう…だからいつも、先に帰るって言ってるのに…中学生にもなって一人で帰れないなんて思われるの、恥ずかしいじゃん」
「駄目だ。一人で歩いてて、なんかあったらどうすんだよ。俺がパパに殺されるだろ」
「なんかって、なに。男子中学生が、誰になにされるっての」
「世の中、なにがあるかわかんないだろ」
おまえ
たぶん
Ωなんだし
「…なんにもないよ…たぶん」
俺の心の声が聞こえたみたいに。
凪は小さく呟いて、唇を噛む。
そのまま会話が途切れて。
俺たちはなんとなく手を繋いだまま、無言で昇降口まで降りた。
「…鞄、ごめん。ありがと」
靴箱の前で、凪が片手を出してきて。
鞄を渡す時に手が離れ、今度は不自然に少し距離を空けたまま、並んで校舎を出る。
なんとなく気まずい雰囲気に、凪が怒ってるのかと思って。
でも、なにを話したらいいのかもわかんなくて。
内心焦ってると、凪が小さく「あ」って声を漏らした。
「そういや櫂、保健の時間になんかやったでしょ」
そうして、少し背の高い俺を睨むように見上げてくる。
「え?」
「前嶋先生に廊下ですれ違った時、イヤミ言われたよ。おまえの双子の弟は授業も聞かないでテスト受けれるなんて、ずいぶんご立派だなぁ、って」
「あいつっ…言いたいことあるんなら、直接俺に言えよっ!関係ない凪に当たりやがって!」
「なにしたの?」
「…授業聞かないで、小説読んでた」
「また?」
「だってつまんねーだろ。αとΩの話なんてさ、前嶋より俺らの方が絶対わかってんじゃん」
「そうだけど…だからってわざわざ先生怒らせるようなことする必要ないじゃん。櫂って頭良いけど、喧嘩っぱやいよね…そういうとこ、お兄ちゃん心配だな」
「…誰がお兄ちゃんだよ。双子なんだから、同等だろ」
「でも、戸籍上は僕が長男だよ?」
「そうだけど…」
言葉に詰まり、つい口を尖らせると。
凪はぷっと吹き出して、そのまま声を上げて笑った。
「櫂、なんか可愛い」
その笑顔が、すごく綺麗で…
胸が、ドキッと小さく跳ねた。
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