549 / 566

超番外編 雀鷹(ツミ)2 side櫂

放課後。 サッカー部の練習が終わり、いつものようにみんなと別れて音楽室へと向かう。 三階へ向かう階段を上ってると、優しいピアノの音色が聞こえてきて。 思わず、頬が緩んだ。 「お待たせ、凪。帰ろ」 ドアを開いて声をかけると、凪は手を止め振り向き、俺に向かってママによく似た柔らかい微笑みを向ける。 「うん」 「いつもご苦労様ねぇ、櫂くん」 音楽室の隅でなにやら書類を書いていた音楽教師が、そう声をかけてきた。 「先生、いつも凪を預かってもらってすみません」 「私はいいのよぉ、凪くんのピアノ、とっても素敵だから癒されるし。おかげで仕事が捗るし。でも、毎日一緒に帰るために待ってるなんて、本当に二人、仲が良いわよねぇ」 「…えぇ、まぁ」 教師の余計な一言に、凪の笑顔が固まったのを感じて。 俺は慌てて、凪の鞄を手に取る。 「それでは、お先に失礼します」 「はーい。気を付けて帰るのよぉ」 「先生、さよーならー」 急いで挨拶をして、凪の手を引っ張って教室を出ると。 凪は数歩歩いたところで、大きく溜め息を吐いた。 「もう…だからいつも、先に帰るって言ってるのに…中学生にもなって一人で帰れないなんて思われるの、恥ずかしいじゃん」 「駄目だ。一人で歩いてて、なんかあったらどうすんだよ。俺がパパに殺されるだろ」 「なんかって、なに。男子中学生が、誰になにされるっての」 「世の中、なにがあるかわかんないだろ」 おまえ たぶん Ωなんだし 「…なんにもないよ…たぶん」 俺の心の声が聞こえたみたいに。 凪は小さく呟いて、唇を噛む。 そのまま会話が途切れて。 俺たちはなんとなく手を繋いだまま、無言で昇降口まで降りた。 「…鞄、ごめん。ありがと」 靴箱の前で、凪が片手を出してきて。 鞄を渡す時に手が離れ、今度は不自然に少し距離を空けたまま、並んで校舎を出る。 なんとなく気まずい雰囲気に、凪が怒ってるのかと思って。 でも、なにを話したらいいのかもわかんなくて。 内心焦ってると、凪が小さく「あ」って声を漏らした。 「そういや櫂、保健の時間になんかやったでしょ」 そうして、少し背の高い俺を睨むように見上げてくる。 「え?」 「前嶋先生に廊下ですれ違った時、イヤミ言われたよ。おまえの双子の弟は授業も聞かないでテスト受けれるなんて、ずいぶんご立派だなぁ、って」 「あいつっ…言いたいことあるんなら、直接俺に言えよっ!関係ない凪に当たりやがって!」 「なにしたの?」 「…授業聞かないで、小説読んでた」 「また?」 「だってつまんねーだろ。αとΩの話なんてさ、前嶋より俺らの方が絶対わかってんじゃん」 「そうだけど…だからってわざわざ先生怒らせるようなことする必要ないじゃん。櫂って頭良いけど、喧嘩っぱやいよね…そういうとこ、お兄ちゃん心配だな」 「…誰がお兄ちゃんだよ。双子なんだから、同等だろ」 「でも、戸籍上は僕が長男だよ?」 「そうだけど…」 言葉に詰まり、つい口を尖らせると。 凪はぷっと吹き出して、そのまま声を上げて笑った。 「櫂、なんか可愛い」 その笑顔が、すごく綺麗で… 胸が、ドキッと小さく跳ねた。

ともだちにシェアしよう!