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超番外編 雀鷹(ツミ)5 side櫂
「凪、荷物纏めるぞ」
自分の部屋に戻り、ベッドで寝転びながら楽譜を眺めてる凪にそう声をかけると。
凪はガバッと起き上がって、俺を凝視した。
ママがヒートの時は
俺たち二人は九条の本家に預けられる
それは俺たちが赤ちゃんの頃から変わらない習慣だ
「え…今回、ちょっと早くない?」
「そうだけど…たぶん、間違いない」
確かに、予定ではママのヒートまであと二週間はあるはずだった。
パパもそのつもりで今出張に行ってるんだろう。
「…そっか…」
確信を持った俺の言葉を聞いて、凪は独り言みたいにボソッと呟くと。
俯きがちにベッドを降り、無言のままキャリーバッグに着替えを詰め始める。
今まであまり見せたことのない、ひどく硬い横顔で。
「凪…どうした…?」
凪は九条の本家に行く時はいつも
世絆や、弟の葵陽 、一颯 と遊べるって楽しそうにしているのに
今回に限ってどうしたんだろう?
まさか…
世絆となんかあったんじゃないだろうな…?
あいつ、この間の検査でαって確定したし…
嫌な想像に、じわりと汗が噴き出すと。
「ねぇ、櫂…ママってさ、なんで抑制剤が効かないの…?」
凪は、俺が想像もしてなかったことを、小さな声で訊ねた。
「え…?」
ゆっくりと顔を上げ。
俺と合わせた瞳は、ゆらゆらと揺れている。
「春くんとこの製薬会社が出してる抑制剤って、ほとんどのΩに効くんでしょ?なのに、ママは効かないって…なんで?体質?」
声も、少し震えてるような気がして。
「ママが効かないならさ…もし…もし僕がΩだったら…僕も…抑制剤飲んでも、ダメなのかな…?」
凪の不安が、ダイレクトに俺の心に突き刺さってきて。
思わず、腕を伸ばして抱き締めた。
「そんなことない!大丈夫だよ!ママだって、本当は抑制剤飲んだら効くんだよ!でも…ママは飲めないから…」
そうして、凪の不安を取り除いてやりたい一心で、つい凪には隠しておくつもりのことを口走ってしまった。
「…どういう、こと…?」
腕の中で俺を見上げた凪の真っ直ぐな眼差しに、しまったと思った時はもう遅くて。
「なんで、ママは抑制剤飲めないの?」
一瞬誤魔化すことも考えたけど、双子である凪には嘘なんてすぐに見破られてしまうから。
俺は大きく息を吐いて、仕方なく口を開いた。
「あの抑制剤…健康な人にはなんの問題もないんだけど、人によっては心臓に大きな負荷がかかるんだって。ママ、あの抑制剤の開発に携わってたらしくて、その時に規定量以上の抑制剤飲んでて…それで」
「ママ、心臓悪いのっ!?」
俺の話を遮って、凪が叫んだから。
「違うよ。でも、これ以上飲んじゃうとこの先どうなるかわからないんだって。だから、紫音先生が制限してるって言ってたよ」
慌てて、早口でそう言って。
その青ざめた頬を、落ち着かせるようにゆっくり撫でる。
「ホント…?ママ、心臓悪くない?倒れちゃったりしない?」
「うん、大丈夫だよ」
「よかった…」
不安げな眼差しに強く頷いて見せると、心底ホッとしたように息を吐き、ぎゅっと強くしがみついてきた。
その背中をゆっくり撫でながら、凪がとりあえず納得してくれたことにこっそり息を吐く。
実は1ヶ月前にママが倒れたってこと
凪には絶対言えないな…
ママはただの貧血だから
パパと凪には絶対言うなって
紫音先生にはちゃんと診てもらってて
心配しなくても大丈夫だって言ってたけど…
今度俺一人で先生に本当のこと聞きにいこう
本当に大丈夫ならそれでいいし
もしママになにかあるのなら知っておいた方がいい
パパがいない時
ママを守るのは俺しかいないんだから
「そうだ。凪、この間志摩さんが今度来た時シュークリーム作ろうって言ってただろ?二人でマスターして、ママに作ってやろうぜ。きっと喜んでくれるよ」
心の中で強く誓いながら、この話題を逸らせるためにそう言うと。
「うんっ!」
凪はパッと表情を明るくして、大きく頷いた。
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