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超番外編 雀鷹(ツミ)6 side櫂

『…どうした?』 5回目でようやく繋がった電話の向こうで、パパのいつも通りの低く静かな声が聞こえて。 小さな苛立ちが、沸き上がった。 ママからの電話なら、どんなに仕事が忙しくても出るくせに… 『櫂?なにかあったのか?』 「あ…ごめん。仕事、忙しかった?」 『いや、今日は接待で…なかなか出られなくて、悪かったな』 「…うん、大丈夫…」 『…楓に、なんかあったか?』 歯切れの悪い俺の様子に気付いたのか、パパの声にほんの少しだけ焦りみたいなのが混じる。 それを感じて、苛立ちが少しだけ収まった。 「うん。ママ、たぶんヒートだよ」 『…そうか』 抑えた声だったけど、パパが動揺したのがわかる。 「仕事、なんとかできないの?」 『…明日は厳しいな…明後日には戻れるようにはするが…』 だけど、すぐに感情の読み取れないいつもの静かなパパの声に戻ってしまって。 瞬間、また苛立ちが大きくなった。 「明後日って…なんだよそれ!明日、ママ一人でヒート過ごせっての!?」 『…櫂』 「パパは、ママより仕事の方が大事ってことかよ!」 『そんなことは言ってない』 「だったらっ…」 『おまえが心配しなくても、ママは大丈夫だ。龍には俺から連絡しておくから、おまえたちはいつも通り、明日から九条の家に泊まりなさい』 「パパっ…!」 『凪のこと、頼んだぞ』 その感情に任せて、パパを問い詰めようとしたのに。 もうこれ以上の会話を続けるつもりはない、とでも言いたげにピシャリと一方的に会話を打ち切られて。 悔しさに、思わず唇を噛む。 なにを言い返しても無駄だ ママがヒートの時に呼ぶのはパパだけなんだから… 「…わかった。なるべく、早く帰ってきて」 そう言うしか、なかった。 『ああ、わかってる。じゃあ、おやすみ』 「…おやすみなさい…」 余韻も残さず通話の切れたスマホを握り締めて、思わず溜め息を吐くと。 「パパ、帰ってこれないって?」 ベッドで寝そべって楽譜を眺めてた凪が、視線だけをこっちに寄越す。 「明日は無理だって」 「ふーん…ま、仕方ないんじゃない?」 「仕方ないってなんだよ!ママ一人でヒートを過ごすなんて、可哀想だろ!」 凪は俺と同じ気持ちだと思ってたのに。 まるでパパの肩を持つような発言に、ついカッとなって怒鳴ってしまった。 「…そうなのかな…?」 なのに、凪はひどく冷たく聞こえる声で、ポツリと呟いて。 「え…?」 「どっちがかわいそうか、なんて…わかんないよね…」 俺からそっと視線を外し、どこか遠くを見つめるように虚空へとその眼差しを投げる。 ひどく、切なげな眼差しを 「…凪…?」 そんな凪の表情を、俺は今まで見たことがなくて。 思わずその華奢な肩を掴んでこっちを向かせると。 一瞬だけ見せたその表情は幻だったみたいに、いつもの柔らかい微笑みを浮かべた。 「まぁ、僕たちがどれだけ騒いだって、ママがヒートの時に呼ぶのはパパだけなんだからさ。僕たちはいつものように、おじさんちで待つしかないよ」 「そう、だけど…」 「さ、もう寝よ?櫂、明日も朝練あるんでしょ?おやすみ」 そうして、その笑顔を張り付けたまま、肩を掴んでた俺の手をやんわりと払いのけ。 まるで逃げるように、俺の部屋を出ていってしまった。 「…凪…」

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