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超番外編 雀鷹(ツミ)8 side櫂

「あ、忘れてた。そういや、父さんからおまえに伝言頼まれてたんだったわ」 世絆が言い出したのは、ホームに並んで電車を待ってる時だった。 「来月の経済友好会の懇親会、行きたいんなら連れてくから空けとけってさ」 「あー…わかった」 経済友好会は龍叔父さんが代表理事を勤める企業経営者の経済団体で、その懇談会には日本を代表する経営者が多く出席する。 普通なら俺たちみたいな学生が出入り出来るような会じゃないんだけど、いずれ九条グループを背負って立つのなら今からそういう場にも足を運んでおいた方がいいという叔父さんの方針で、世絆とおまけの俺は前回から参加を許されていた。 「…ってか、おまえ行くの?」 頷いた俺に、世絆は怪訝そうな目を向ける。 「うん。この間、いろんな話聞けて面白かったし」 「へー…」 「へーってなんだよ。世絆も行くんだろ?」 「いや…俺は今回はパス」 「え?」 「今回っていうか、俺はもういいや」 「は?もういいって、なんだよ。おまえが跡取りだろ」 「俺、ぶっちゃけ跡取りなんて興味ないし。おまえに譲るよ。そもそも、父さんもおまえに譲りたいって思ってるしな」 「なに、言ってんだよ…」 怒ってるのでも、不貞腐れてるのでもない、感情を削ぎ落としたような淡々とした声に、驚いた。 世絆がそんなことを考えてるなんて、思ってもみなかった。 九条の現当主は龍叔父さんで。 だから、その跡を継ぐのは長男である世絆。 それが当たり前だと思っていたから。 「元々、九条の全部は蓮伯父さんが受け継ぐべきものだった。父さんは今でもそう思ってる。だから、継ぐのはおまえだよ、櫂」 真っ直ぐな眼差しで見つめられて、言葉に詰まる。 その話は聞いたことがある 本当はパパが九条の跡継ぎで その為の教育も幼い頃から受けていた でもパパはママのために家を捨てた 従兄弟同士の結婚を 今は亡きお祖父さんに反対されたからだって 「それに…俺は、父さんみたいな生き方はしたくない」 「え…?」 なにをどう言ったらいいのかわからずに呆然と立ち尽くしていると。 世絆がボソリと呟いて。 その迷いの見えなかった瞳に、ほんの少しだけ影が差した。 「父さんみたいに…仕事仕事で家族をほったらかしにするような男には、なりたくない」 「ほったらかしって…それは、ある程度仕方ないんじゃないか?九条グループのトップなんだから、めちゃめちゃ忙しいに決まってるだろ」 「だからってさ…ここんとこずっと、母さんがヒートの時も抑制剤飲ませて、一緒に過ごすこともしてやらないんだぞ?蓮伯父さんみたいにじゃなくても、せめて一日くらいは一緒にいてやれねぇのかよって思うわ。母さんは大丈夫だって笑ってるけど、きっと寂しいに決まってる。番って、そういうもんみたいだし」 「そう、だけど…」 「俺は、仕事なんかより、たった一人の愛する人と家族を大切にする。蓮伯父さんみたいに」 強く言い切った世絆の言葉に。 瞬時にもやっとしたものが胸に浮かび上がった。

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