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超番外編 雀鷹(ツミ)10 side櫂
「ただいまー」
「お邪魔します」
大きな家の奥から微かに響くピアノの音を聴きながら、玄関で靴を脱いでいると。
バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「かーくん!」
リビングのドアがバンッと激しい音を立てて開き、葵陽が飛び出してきて。
体当たりするように抱きついてくる。
「おかえりっ!」
「ただいま、葵陽」
まるで仔犬みたいに頬をすりすりと俺の胸に擦り寄せてくる葵陽の頭をそっと撫でてやると、嬉しそうに笑った。
「兄ちゃん、かーくん、おかえりぃ」
「おかえりなさい、せっちゃん、櫂」
「おかえりなさいませ」
葵陽の後を追うように、一颯と志摩さんと小夜さんも玄関へとやってきて、俺たちを出迎えてくれる。
俺の家はパパもママも仕事で夜遅いことが多くて
こんな風に賑やかに出迎えてくれることなんてないから
3ヶ月に一度のこの光景が
ちょっと照れ臭いけど嬉しくもある
「またしばらくお世話になります」
「もー、そんな堅苦しい挨拶いらないって。今日も部活で疲れたでしょ、上がって上がって!今日は小夜さんが櫂と凪の好きな唐揚げとクリームシチュー作ってくれたから」
「やった!櫂と凪が来る日は豪華でいいわ~」
「あ、せっちゃん!先に手を洗ってきてよ!」
「わかってるよぉ」
「かーくん!ご飯食べたら、あおのピアノ聞いてくれる?今度発表会があるの」
「うん、いいよ」
「…あおのピアノなんて、なーちゃんに比べたらめちゃめちゃへたっぴじゃん…よく、かーくんに聞かせようって思うよね。かーくん、嫌なら嫌って言ったら?」
「嫌だなんて、別に…」
「いぶ、うるさい!あおだって、がんばってるもん!」
「う、うん。わかってるよ。だから、後で聞かせてな?」
「うん!ありがとっ!かーくん、大好きっ!」
賑やかというか、騒がしいというか。
でもそこには温かくて優しい空気が流れていて。
世絆は龍叔父さんみたいにはなりたくないって言ったけど
この家の空気は間違いなく龍叔父さんが作ったものだ
だって志摩さんはいつだって幸せそうだし
世絆も葵陽も一颯もいつだって笑顔じゃん
まぁ…
あいつも中学二年生なんだから反抗期なのもわかるけど…
「あおは、へたっぴじゃないよ。最近、すごく上達してるよ」
葵陽の頭を撫でながら、そんなことを考えていると。
一番奥の部屋から、凪がゆったりと歩きながら現れた。
その姿を見ると、やっぱり少しホッとする。
「ホント!?」
「うん。でもまぁ…」
凪は柔らかい微笑みを浮かべて、俺の側までやってきて。
いきなり葵陽の首根っこを捕まえると、ぐいっと勢いよく腕を引いて俺から引き剥がした。
「とりあえず、櫂から離れてね?」
顔は笑ってんのに、目の奥は全然笑ってなくて。
その異様な迫力に、その場の全員が凍りつく。
「あ、櫂」
「な、なに?」
「おかえり」
「た、ただいま…」
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