563 / 566
超番外編 雀鷹(ツミ)16 side櫂
一週間後。
「ただいまーっ」
「…ただいま」
弾んだ声で家のドアを開いた凪の後ろを、複雑な気持ちのまま追いかけて、玄関へ入った。
…平常心…平常心…
朝から念仏のように唱え続けている言葉を、また頭の中で繰り返す。
「おかえり、二人とも。一週間、ごめんね」
そうして心を落ち着けてたのに、ママの声が聞こえた途端、また心臓がばくんと跳ねた。
「ママぁ!寂しかった!」
凪が靴を脱ぐのもそこそこに、ママにぎゅっと抱きつく。
二人が抱き合う姿に、またこの間のママとパパの姿を思い出して。
思わず、目を逸らしてしまった。
平常心、平常心、平常心………
「なぁに?どうしたの?志摩のとこ、楽しくなかった?」
「そうじゃないけど…世絆が反抗期で志摩さんとなんかギクシャクしてるし、櫂はなんかずっと上の空だしさ…早く家に帰りたかった」
唱えながら、なるべくママを視界に入れないように横を通り過ぎようとしたのに、凪が余計な一言言いやがって。
ママの視線が、こっちへ向いたのがわかる。
「え…櫂、どうかした?九条の家で、なんかあった?」
「べ、別に…なんでも、ないよ」
その視線を避けるように、自分の部屋へと向かおうとして。
はた、と凪の言葉を思い出した。
『ママが悩んでたもん、自分の育て方が悪かったのかなって』
恐る恐る、ママへと視線を向けると。
めちゃくちゃ不安そうに揺れる眼差しが、まっすぐに俺を突き刺した。
う……
ここで下手に避けたりすると、またママが悩んじゃうじゃねぇか…
俺は必死にあの日のママのシルエットを頭から追い出しながら、なんとか表情筋を動かして笑顔を作る。
「ホントに、なんでもないって。ここんとこ、大会前で部活の練習キツかったからさ、ちょっと疲れてんのかも」
そうして、尤もらしい言い訳を口にすると、ようやくママの眉間が緩んだ。
「あ、そっか。もうすぐ県大会だもんね。櫂、一年生で唯一のレギュラーなんでしょ?」
「え?なんで知ってるの?」
「志摩に聞いた。なんで俺には教えてくれないの」
そうして、子どもみたいに頬を膨らませたママは、俺のよく知る可愛いママで。
ちょっとほっとして、身体の力が抜ける。
「あ、いや…まだ確定じゃないしさ。3年の最後の大会だから、土壇場で補欠落ちするかもしれないし…」
「なに言ってんの。櫂なら絶対大丈夫。だって、蓮くんの子どもだもん」
「あー、そっ…かなぁ…?」
「俺、ちゃんと応援に行くからね。それと、伊織さんも」
「え、なんで?」
「たまたま休みだったみたい」
「だからって…」
「伊織が行くんなら、僕も応援行くっ!」
「…おい。伊織が来ないなら、おまえは来ないつもりだったのか」
「えー…?」
「薄情な兄貴だな!」
「こういう時ばっかり、兄貴呼びしないでよー」
「…二人とも、お帰り」
戻ったいつもの空気感に、ついつい玄関先で騒いでると。
それまで姿を見せなかったパパが、リビングのドアから顔を出した。
「パパっ!おかえりっ!」
「ただいま」
その姿を見た瞬間、凪がパパへとダッシュで駆け寄る。
「お土産、なぁに?」
「抹茶のバームクーヘンだよ。好きだろ?」
「大好きっ!ありがと、パパ!」
体当たりするように抱きついた凪を、優しい顔で抱き締め返して。
その頭を撫でながら、ゆっくりとパパは俺へと瞳を向けた。
その眼差しは、凪に向けていたのとは真逆の、鋭く突き刺すようなもので。
思わず、息を飲む。
……え……?
「凪、ママのお手伝いをしてくれるか?パパは少し、櫂に話があるから」
「は、話…?」
「はぁい」
「櫂、ちょっと俺の部屋に来い」
もう一度凪の頭を撫で。
くるりと奥の部屋へと踵を返したパパの背中を見ながら、嫌な汗が全身から噴き出した。
まさか……
俺が覗いてたの、バレてる……?
ともだちにシェアしよう!