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超番外編 雀鷹(ツミ)17 side櫂
パパの後を付いてパパとママの部屋に入った途端、窓際に鎮座する大きなベッドが目に飛び込んできて。
あの夜の光景が、また鮮やかに頭のなかに蘇ってきた。
『…れんくんっ…もっと…』
「…櫂?なんでそんなところに突っ立ってる?」
耳の奥で木霊するママの艶かしい声に、身体が震えて。
部屋の中に入るのを躊躇してると、パパが訝しむように目を細めて俺を見る。
「な、なんでもっ…」
慌てて部屋の中に足を踏み入れ、ベッドから離れたドアのすぐ横に立つと。
パパはじぃっと俺を見つめながら、ベッド横に置いてある作業デスクの椅子に腰掛けた。
ううう……
なんて言い訳しよう…
いや、下手な嘘ついても、すぐパパにはバレるだろうしな…
ここはいっそ、潔く罪を認めて素直に謝った方が懸命かも……
突き刺さる、痛いほどの視線を浴びながら、そう腹を括って口を開こうとした瞬間。
「…龍から、聞いたぞ」
パパの方が、一瞬早く口火を切った。
「へっ…?」
なんのことかわからず、間抜けな声を出してしまった俺を見て、パパは小さく息を吐く。
「おまえ、龍の跡を継ぎたいのか?」
「あ…いや、まだそこまでは、考えてない、けど…」
思っても見なかった質問に、つっかえながらも返事をすると、パパはもう一度息を吐いて、困ったようにガシガシと頭を掻いた。
「龍は、その気みたいだぞ。俺さえよかったら、今のうちから後継者としての教育をしたいって言ってきた」
「え…」
「おまえは?どう思ってるんだ?」
「どうっ、て…」
思わず口籠ってしまったけど。
パパのひどく冴えた、それでいてどこか優しさが漂う眼差しに。
「まだ…はっきりとは、考えてない。この間までは、龍叔父さんの跡を継ぐのは世絆だと思ってたし。…でも」
心を押されるように、俺は今の素直な気持ちを言葉にする。
「本音を言えば、龍叔父さんの側で勉強したいと思ってる」
日本有数の九条グループを動かす仕事
そんなやりがいのある仕事をするチャンスなんて
誰にでも与えられるわけじゃないから
出来ることならやってみたい
「…もちろん、パパが良いって言うなら、だけど…」
俺の返事を聞いて、大きな溜め息を吐いたパパの様子に、つい小さな声でそう付け加えると。
パパは微かに頭を振って、立ち上がった。
「別に、パパは反対じゃない。おまえがやりたいっていうなら、やってみたらいい」
そうして、ゆっくりと俺に近付いて。
その大きな手で俺の頭をポンポンと優しく叩く。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「龍と話したことや、仕事のこと。九条に関することは、ママには絶対に話すな」
「え…?」
「相談ごとがあるなら、俺が聞く。だから、ママにはなにも話すんじゃない。これを守れないなら、すぐにやめさせる。いいな?」
「う、うん…わかった」
なんで、って、そう疑問に思わないでもなかったけど、途端に鋭さを帯びたパパの瞳に気圧されて頷くと。
パパはようやく頬を緩め、いつもの優しい微笑みを浮かべた。
「簡単な仕事じゃないぞ」
「わかってる。でも、大丈夫。だって俺、パパの子どもだもん」
脅すような言葉に、胸を張ってそう言うと。
パパは珍しく声をあげて、笑う。
「ハハッ…そうだな。おまえなら、きっと大丈夫だ」
それこそ珍しく、いや、初めて聞くかもしれない最大級の信頼の言葉に嬉しくなって。
ようやく、緊張の糸が緩んだ。
「じゃあ、夕飯にするか。今日は神戸牛のすき焼きだぞ」
「やった!旨そっ!」
急いでリビングへ向かおうとドアノブに手を掛けたら。
肩が、ぐっと強く掴まれて。
「今度覗いたら…ただじゃおかねぇからな…?」
耳のすぐ側で、パパのドスの効いた低い声が響く。
…やっぱ…
バレてた……
「…ごめん、なさい…」
全身が、凍りついた。
もう二度と、覗いたりしません!!!!
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