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嘘つき_19

どんなに辛くても朝は変わらずやってきて、僕はいつも通り会社へ出社する。 揺られる満員電車も、退屈なデスクワークも何も変わらないのに。 その景色は色を失ってしまったかのようにモノクロだ。 「金崎くん、大丈夫かね?顔色が悪いようだが……もしあれだったら今日も早退してくれていいんだよ?」 優しい上司の言葉。 「……すみません。大丈夫です。この資料、今日中でしたよね?あとでサーバーに格納しておきます」 だめだ。 仕事に集中しないと。 プライベートを仕事に持ち込むなんて社会人として失格だ。 集中しようとすればするほど、周藤の顔が頭を過る。 だめだ、考えるな。と自分を叱咤しては、また思案しての繰り返し。 結局、定時を迎える頃いつもの半分の量しか仕事を終わらせることが出来なかった。 残業で取り戻そうとしたが上司にも気を遣われ、帰宅するようにと言われてしまった。 「……何、してんだろ」 退社して満員電車に揺られ、駅からの帰り。 一応コンビニで弁当を買ってはみたが全く食欲がない。 帰宅してすぐ冷蔵庫へと入れて、僕は浴室へ。 いつもより熱めのシャワーを頭から浴びる。 今日は周藤の姿を見かけなかった。 そりゃそうか……同じ会社と言えど部署も違うし、働いてるフロアも違う。 会おうと行動しなきゃ、見かけることもない。 今まで定期的に顔を合わせていたから、そんな単純なことも忘れかけていた。 つまりそれは周藤が僕に会いに来てくれていたと言うことだ。まあ、からかって遊びに来ていただけなんだろうが。 昨晩、抵抗などせずに周藤に抱かれていたなら何かが変わったんだろうか。 心が満たされ、諦めることを覚えられただろうか。 いや、きっと違う。 この浅ましい心は欲張りだから…… もっと、もっとと際限なく次を求めるんだ。 そっと自分の唇に触れてみた。 熱くて柔らかな感触がまだ思い出せる。 触れ合ったこの場所から全身に熱が回った。 ああ、また……気が付くと周藤の事ばかり。 頭を振り被りシャワーを止めて浴室から出ると、スマホが光っているのが目に入った。 嫌な予感がしつつもそれを手に取る。 着信履歴は周藤から。 …………どうせ、心配でもしているんだろう。 僕なんかより、よっぽど周藤の方がお人好しだ。 ふと、昔の記憶が蘇った。 あれは高校二年の夏……当時付き合っていた彼女と周藤は突然別れてしまった。 理由は彼女の浮気。僕はそれに憤慨していたが、当の本人は全く気にもせず、それどころか良かったんだと微笑んだ。 『……何でそんな潔いんだ?』 『だってさ、好きな人には幸せになってほしいだろ?だから何処かで幸せに笑っててくれるなら良かったなって思ってさ』 なんて懐かしい記憶だろう。 どうして、今、思い出してしまうんだろう。 僕は周藤の番号を電話帳から呼び出し、発信ボタンを押す。 数秒の呼び出しのあと、周藤の声が聞こえてきた。 『――もしもし、金崎か?』 食い気味の周藤に少しだけ肩の力が抜けた。 「ああ、風呂に入ってた。何?」 『そっか……今、大丈夫か?』 「うん、何?」 いつもよりも声に覇気がない。 『その……昨日の事、謝りたくて』 予想していた内容に僕は黙って耳を傾ける。

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