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第3話
その日から、何度も彼の香りのにおいの錯覚に襲われた。
花屋で何度も。残り香が残っているのか、それも強烈に。
数日たてば止まると思っていたが、なかなか止まることはなかった。
胸が苦しい、また会いたい。
やはり会うんじゃなかった。
男は呼吸を止めるように、店を閉めた。
どこか、また別の場所に行こう。
けど養育費は渡したい。
その為に準備していたお金だが、受け取る相手はその日以来来なかった。
夜中、普段通りの買い物を済ませ家に帰ると、花屋の前に希望が立っていた。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「父さん!どうしよう、母さんが帰ってこないんだ!」
「は?」
男は驚いて声を上げるが、そんな事言われても場所を分かるわけがない。
「母さん、あんたに会いに来てたんだろ!?」
「ここ数日何度か話してみるって。仕事も大変だし、養育費だけでも払ってほしいって」
「そんな……、来て、ない」
ここ数日続いた強烈なにおい。あれは残り香とか錯覚とかそんなものじゃなくて。
本人のにおいだったんだ。
「そんなはずない!会いに行くって出てってたし、帰ってきたら忙しくてあんまり話せなかったって。なんだよ、あれ嘘だったのかよ!もしかしたら、またあんたに襲われてるんじゃないかとか。俺が見つけなきゃよかったとか……っくそ!」
希望は男の胸を殴って走り出した。
「会いに来ていた……」
男は買い物袋を投げ捨て走り出した。
もし、男として、Ωを連れ込んで、するとしたら……。
大きめの公園に飛び込み、目的の場所に向かうと男同士の言い争う声が聞こえた。
そこへ漂ってくる強烈なにおい。甘くはない、鼻を突くようなにおいだがこれは確実に彼の匂い。
「好美!」
声を上げると、言い争う声が止まり男に気付いた。
彼の匂いは甘いものへと変わる。
強烈なにおいに気が狂いそうになるが、こらえ好美の腕をつかむ男の顔を思いっきり殴った。
「来い!」
男は好美の腕をつかみその場から走り出す。
その間にも好美から強烈な甘い香りが漂ってきて、全身にまとわりついた。
それを吸わないようにしながら走るが、さすがに呼吸も足りず、途中でふらつきその場にかがみこんだ。
「だ、大丈夫なのか?」
好美の声に顔を上げると、さらに匂いが濃くなる。
「頼むから、その匂いやめてくれ」
「なっ、臭いって言いたいのか!?」
「逆だ!良すぎるんだよ!」
「何だよ良すぎるって!?」
よくわからない不毛ないいあいをしてると、希望が駆け寄ってきた。
「母さん!」
「希望、なんでここに?」
「なんでじゃないよ!帰ってこないから迎えに来たんだ!そしたら花屋にもいないし!どこにもいないし!連絡もできないし!どこで何してたんだよ!」
希望は半分は泣きそうに、半分は怒りをぶつけるように言った。
「こいつ、男に襲われそうになってた」
男は片手で鼻を抑え、片手で好美を指さしながら言った。
「やっぱ危険な目にあってんじゃん!」
「き、今日がはじめてだよ!だって、花屋はしまってるし、この人もいないみたいで、もしかしたら倒れてるかなって心配で見てたんだけど。夜になったら買い物に出かけて、それ見て安心して帰ろうとしたら、暗くなってて……」
好美は気まずそうに目をそらした。
「酸っぱい匂い」
男が言うと、
「は!?」
と好美は怒ったように振り返った。
「だからその嬉しそうな匂いやめろって」
男は煙たがるように手を振った。
「なん、だよそれ」
好美の目からは涙がこぼれた。
「母さん、いい加減認めたら。好きだって。匂いでばれてるんだから」
希望が言うと好美は顔を真っ赤にした。
「そんなわけないだろ!こんなレイプ魔!」
「魔って、俺はお前にしかしてないし、あれ以来誰にもしてない!」
男は胡坐をかいて座り込んだ。
「そんなこと言ったてしたことには変わりないだろ!」
「そうだよ、したよ!悪かったよ!」
イラつく。堪えてると鼻が曲がりそうだ。抱いてしまえたら楽になる。
それが分かっていてもするわけにはいかない。もうしないと決めたから。
「希望、悪いが、こいつ帰らせて。金は明日お前が取りに来い」
「何勝手に決めてんだよ!」
好美は怒て怒鳴りつける。
匂いがまた変わった。甘くはない、湿気た時期にかぐような。アジサイのような匂い。
「あの時だって、俺がやめろって言ってもやめなかった!何度いっても、抵抗しても俺のこと犯し続けて……。嫌なのに、体が抵抗しきれなくて……」
好美の目から再び涙があふれるが、慌ててぬぐった。
「あー、もう本当耐えらんない。希望、早く連れてけ。俺は落ち着いたら帰るから。それまではここを動かないから」
「わかった。母さん、帰ろう」
希望は好美の手を引いて駅の方へ歩き出した。
10分ほど待ち、男はゆっくり立ち上がり家へと向かった。
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