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番外編『黒鉄×白峰』二話

いつまで寝ていたのだろうか?変なところに力を入れたせいで身体中が痛い。重い瞼をゆっくりと開くと、そこは先程と変わらない無機質な僕の秘密の場所で······、ただ、窓の外がオレンジに染まっている事と、黒鉄の姿が見当たらない事だけが違っていた。 つい先程まで縺れるように爛れあったのが嘘のように、僕の身なりはきちんと直されていた。 というか、悪名高い黒鉄がわざわざ僕の身なりを整えたという事実に不確かな疑問を覚える。 本当はそんなに悪い奴じゃないーー? しかし、強い眠気を伴う疲労が頭を鈍らせ、それほど意味は無いのだろうと無理やり結論付けた。 「······帰ろう」 今日は色んな事がありすぎて疲れた。先輩にはフラれ、黒鉄に襲われ、そして黒鉄は明日もまたここに来るだろう。僕も先輩を守るためにここで黒鉄を食い止めなければならない。 重い腰を上げ荷物を取りに教室に行くと放課後なので担任しかいなかった。僕は保健室にいることになっていたらしく、何のお咎めもなく帰路に着く。 お咎めが無かったのは、黒鉄が担任に保健室にいると報告したからだと聞いた。 「······何で」 優しい······?いや、でも······。 必死に頭を捻っても望むような答えは得られず、考えるのをやめた。 また明日、考えようーー。 ーーーーーー 翌日、いつもは休み時間に“そこ”へ通っていたが、昨日のような目に合い授業をサボる訳にはいかないので放課後まで待つことにした。周りの人間は僕が昨日保健室で休んでいたことになっていたので、心配して声を掛けに来た。 ーー心配ならしつこく話しかけにこないで欲しい······。 どうせ僕は性格が悪い。 そんな一日をすごし、さっさと放課後になる。足は向かないが仕方がないので行くしかない、僕の秘密の場所へーー。 「······遅いぞ」 僕よりも不機嫌そうに眉を潜ませ、壁にもたれ掛かりながらスマホを眺めるソイツがいた。 何が「遅いぞ」だ、待ち合わせも何もしてないだろう。 なんて言葉を吐けば昨日より酷い目に合わされそうなので言わないけど。 「······それで、僕は何をすればいいわけ?」 コイツの興味は僕で遊ぶことなのだ、さっさとことを済ませて家に帰りたい。 黒鉄は気に食わないとでも言いたげな表情で僕の手首を自身の方へぐい、と引っ張る。 「······昨日あんな目にあったクセに相変わらず生意気だなぁ?」 「仕方ないでしょう。僕は元々こういう性格なんですから」 「知ってるぜ?よく屋上にサボりに来てるからな」 「屋上の鍵が閉まってるのはあんたの仕業か······」 「お前、よく一人で愚痴ってたよな?あ、泣いてる日もあったか」 「やめてください!······って、もしかして中田先輩との事も最初から全部············」 「はは!全部知ってるぜ?······開発されたのが胸だけじゃ無いこともな」 黒鉄の瞳が鈍く光る。そこまで知られていたとは······最悪だ······。 僕も先輩のようにされるのだろうか?好きでもない人に。 でも、先輩が幸せなら······僕はどうなったって構わない。 「······何で笑ってんだよ」 「別に。先輩が幸せなら僕なんてどうでもいいなって思っただけ」 黒鉄の眉がピクリと動き、一瞬顔を曇らせたあと、嘲るように口角を上げた。 「······はっ。今から俺に犯されるのにか?」 ······大丈夫。先輩の為なら······。 「······先輩の為な、らーー」 言い切るより先に唇が重なる。逃げられないように腰とうなじを掴まれ、驚いて厚い胸板を押し返すがビクともしない。 荒っぽく始めた行為のクセに、その唇から伝わる熱は妙に優しくて、ただじっとキスをするだけで······。 うっすらと目を開けると、さらりと長いまつ毛を伏せている黒鉄の顔がそこにあった。 ーーその顔は······。 とたんに、胸が締め付けられる感覚になった。うなじや腰を支える指が、その顔が、切なさに溢れていることに気付いてしまった。 ······だって、ずっと自身が先輩に向けていたのだから。 「······」 「······」 唇がちゅ、と音を立てて離れたと思うと、今度は黒鉄の胸の中にいた。抱き締めるってことは、多分そういう事なのだろう。 思えば、心当たりは多々あった。最初から先輩と僕を同時に陥れることだって出来たはず、行為の後始末も何もせず帰ることだってーー。 そうだ、最初から黒鉄は先輩に興味なんて無かったんだ。 黒鉄は僕のことが好きだから。 「······中田の事は忘れろ」 「忘れろって言われても······」 「俺が忘れさせてやる」 だからって、初対面であんな事をしてきた人を好きになんてなれない。 というか、僕はこの人の事をまだよく知らないのだ。 「······好きにしてくれていいけど、黒鉄の気持ちには答えられない」 そういうと黒鉄はふ、と笑い、手のひらから、胸から伝わる熱が離れていった。 「······もう何もしねぇよ。ごめんな」 頭をくしゃくしゃと撫でられる。何だか、何でか分からないけど、僕の心も少し絆された気がした。 しばらく沈黙が続いたあと、黒鉄が壁にもたれ掛かって座り込み、僕も何となく向かい側に座る。もう帰ってもいい時間なのに。話すことなんて何も無いのに。 「······逃げねぇよかよ」 「別に······ここ、元々僕が先にいた場所だから」 「そうか······」 「ま、別に何もしないならそこにいれば?」 黒鉄はじっと僕に目線を合わせ、苦笑いした。 「······あのなぁ、仮にもお前を襲った上にフラれた奴だぜ?ちったぁ危機感持てよな」 「でも何もしないんでしょ?」 「······しない、けど、会話とかもダメか?」 「······まぁ、それくらいなら」 もしかして、僕ってチョロいのかな? 笑顔の黒鉄をよそに、頬杖をつきながらため息を吐いた。 ーーーーーー その日から、休み時間と放課後は毎日黒鉄と会うことになった。 ただどうでもいい話を交わすだけで、そこに深い意味は何も無かったが、黒鉄と話すのは嫌じゃなく、いつの間にか友達のような関係になっていた。 そもそも僕は人間嫌いなはずなのに······。 時折見せる恋焦がれるような瞳には慣れないが、えも言わぬ心地良さが僕を包んでいたーー。 黒鉄と一緒にいるのは正直楽しかった。 「······え、じゃあ気に入らない奴を退学させたって言うのはーー」 「そんなのただの噂だ。こんな見た目だからな、色々言われて嫌になって、授業サボって屋上に来るようになっちまった。ま、余計に嫌な噂は広がったけど」 コイツも、僕と同じような悩みを抱えてたのか······。 しかも、好きな人に対して不器用な所も、逃げる場所もそっくりだ。 思わぬ共通点に親近感が湧き、口元を抑えながらくすりと微笑む。 「ごめん、僕も最初は疑った」 「いや、俺こそ噂を利用してお前に酷いことしちまったし······」 「僕だって先輩に同じようなことしたよ······何だか僕らって似た者同士だね」 黒鉄は困ったように笑う。 「······だから好きになったんだ」 切なげに揺れる瞳はまっすぐで、もう何も隠すことは無かった。 思わず言葉につまる。 「······なんてな」 そんなふうに言われたら、笑えない。 「······何でお前が泣きそうになってんだ」 「え······?」 黒鉄の指がスッと僕の顔に伸ばされ、思わずギュッと目をつぶった。しかし、その指は僕に触れることは無く、弧を描いて空を切った。 「······もう帰るか」 目を開いた時には黒鉄はすでに帰り支度を終え、シンプルな黒のスクールバッグを手に持ち肩から下げ、僕に背を向けて立ち尽くしていた。 ーー何で触ってくれなかったの? 一瞬そんな自分勝手な思いが頭をよぎった。だがそれを口にすることは無かった。そもそも、僕にそんな事を言う資格がなかった。 黒鉄が自分の事を好きだと知りながら、僕はそれに答えられないクセに、この心地よい空間を無くしたくなくてずっと甘えている。 「······うん、またね」 「ああ、またな」 本当はこのまま帰りたくない。もっと一緒にいたい。 時が止まってしまえばいいのにーー。 あぁ、本当になんて最低なんだろう。 醜くて、残酷で、それでも縋ってしまう。 しかし、その日以降黒鉄がここに来る事は二度となかった。 ーーーーーー 「最近ずっと元気ないね、白峰君」 「どしたー?やっぱ何かあったでしょ?」 煩わしい。僕の周りでぺちゃくちゃと騒ぐな。 黒鉄が屋上前に来なくなって約1ヶ月が経った。僕はそれが耐えられなくて最近はもう“そこ”に行っていない。 「······邪魔」 「ちょ······それは酷くない?こっちは心配して声掛けてやってんのに」 「なぁ、もう行こうぜ」 それなりに被っていた猫も完全に外れると、僕の周りには本当に誰も人が来なくなった。 寂しさも、苦しさも、もう何も感じない。 今度は違う意味でヒソヒソと言われるようになり、居心地の悪さに早々に教室を離れて何となく人気のない中庭に向かった。 僕を慰めるようにさらりと風が頬を撫でる。 ーーこのまま、授業サボっちゃおうかな。 そんな事を考えていると、懐かしい声が聞こえ、その方向に振り向く。 「白峰君!久しぶり!」 「中田先輩······」 その時、以前のような感情が無くなっている事に気付き、黒鉄に恋をしているのだと思い知らされた。 とたんに、堰を切ったように涙が溢れ出す。 「ちょちょちょ、どうしたの!?大丈夫!?」 「いえ······何でもないんです。すみません」 「あ······俺が悪いのか、ごめん、白峰君の気持ちも考えずに······」 「いえ、違うんです!」 僕が食い気味に“違う”と言ったので、先輩はキョトンとした後に、嬉しそうに微笑んだ。 「そっか、白峰君にも新しい恋が来たんだね。それが今上手くいってないのかな?」 この人は何でもお見通しだ。本当に凄い、僕の憧れの人。 頭をポンポンと撫でられ、その優しさに癒されて、辛かった事や黒鉄を好きになってしまった事をベラベラと話してしまった。 先輩は終始うんうん、と黙って聞いてくれて、少しだけ心が軽くなった。 「白峰君は本当に頑張り屋さんだね。もう周りの人の事なんて気にしないで、黒鉄君に本当の気持ちを伝えたらどうかな?」 「いや······僕にそんな資格なんて······」 「っていうか、あれ黒鉄君じゃない?」 「え······?」 先輩の視線の先を見ると、中庭に等間隔で植えられている広葉樹の裏からじっとこちらを覗く影があった。 「······黒鉄ですね」 「やっぱり?おーい!黒鉄君!こっち来てー!」 「!?!?!」 呼ばれた当人は一瞬ビクリと身体を強ばらせた後、スタスタとこちらへ向かってきた。 鼓動がどんどん早くなる。 ついに目の前まで来た彼は戸惑い気味だが、先輩はあっけらかんと笑っていた。 「······何か用?」 「いや、白峰君が話があるんだって」 「せせせ、先輩!?」 ちょっと強引すぎじゃないですか!?それに、黒鉄が屋上前に来なくなった理由が、僕を好きじゃなくなったっていう理由だったら、フラれる······? 「······あぁ、もしかして二人、付き合ったの?良かったじゃん白峰」 「な······」 「ほら、黒鉄君嫉妬してるから早く言っちゃいなよ」 「なっ······」 完全にこの場は先輩のペースで、僕も、黒鉄ですら困惑していた。 でも、せっかく先輩が作ってくれたこの機会を逃すのは男じゃない。 僕は黒鉄の前に立ち、彼を見上げた。 「僕は黒鉄が好きだ」 「え············?」 「じゃ、そういう事だから後はお二人で!じゃーね!」 「ちょ、中田!?」 「黒鉄が好き!好き、大好き!」 何度も、何度も確認するように口から吐いてでる。その様子がおかしかったのか、黒鉄はクスと笑った。 久しぶりの黒鉄の笑顔だ······。 きゅう、と胸が締め付けられ、熱いものが込み上がる。 「······本当に、俺の事が好きなの?」 「······うん」 「はぁ······せっかく、お前に手を出してしまいそうで怖くなって離れたってのに······」 「あの時、なんで触ってくれないのって思ったから」 「何それ······夢みたいなんだけど」 ぐい、と黒鉄の首に手を回し、顔を近づけキスをする。黒鉄は驚きの後、ゆっくりと瞼を伏せ、僕の背中を割れ物を扱うように愛しげに抱きしめた。 黒鉄×白峰 編、完。

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