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第2話

手近な椅子を一脚掴み、壁と観葉植物に挟まれた一人がやっと座れるような場所に椅子を置く。  ここが俺の休憩スペースでの定位置だった。  誰かがこの部屋に来ても、壁際まで近づいて、こちらを向かないかぎり俺がいることには気付けないだろう。  俺はそこでようやく肩の力を抜くと、両掌に顔を押しつけた。 「またやっちゃったよ」  ぼそりと呟く。  幼い頃から自分を律して生きてきたため、俺にはつい他人にも厳しく接してしまう癖があった。  ただ今日は渋谷さんが担当している領収書の締め切りの日だったから、彼女の仕事も多いだろうし、コーヒーなんかいれる前にそちらを優先してやった方がいいんじゃないかと思って助言したかったのに。  言葉のチョイスと言い方が最悪だった。  これ以上ないくらい猫背になると、俺は重く深い息を吐いた。  渋谷さんには他の部下よりも冷たく接しているという自覚があっただけに、俺は余計居たたまれなかった。  何故なら彼女がオメガだからだ。  この世界には男女の性以外に、第二の性と呼ばれるものがある。  それがアルファ、ベータ、オメガの三種類だ。  それぞれの特徴としてアルファは肉体的に恵まれ、比較的頭脳の優秀な人間が多いといわれている。人口の二割ほどがアルファだが、アルファ同士だと男性同士、女性同士でも妊娠が可能だ。しかしアルファ同士の自然妊娠の可能性はアルファとオメガのペアよりずっと低いとされている。  俺も大賀もこのアルファのグループに属している。  ベータは能力、容姿共に凡庸な者が多い。  この世界の人口の六割をベータが占め、この会社の社員もほとんどがベータだ。  そして最後にオメガ。  他の種別と比べて体が弱く、知能指数も劣る者が多いとされている。  オメガの特徴としてヒートいう身体的な現象がある。   オメガは体が成熟し、妊娠可能になると体から甘いフェロモンを発する。  その香りはアルファの性的興奮を非常に高めてしまう作用があるため、ヒート期間のオメガは自宅に籠って過ごすことが多かった。  近年、ヒート時のフェロモンをアルファにほぼ感知されなくなる抑制剤や、アルファ側でもヒートの香りに充てられ、酷い興奮状態、ラットに陥らないためのアルファ用の抑制剤の開発も進み、ヒート期間のオメガでも普通に生活できるようになった。  ヒートの期間にオメガがアルファと性行為を行い、その際にアルファがオメガのうなじを噛むと、番契約が成される。  番契約とは法的な関係ではないが、うなじを噛まれたオメガはヒート期間がきても、うなじを噛んだアルファに対してしかフェロモンを分泌しなくなる。

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