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第9話
母はあまり料理が得意なほうではないが、このミートボールスープは絶品だ。
何で俺牛丼なんか食べたんだろ。
くじの結果も凶だし。
今からミートボールスープもここで食べていってしまおうかとも思ったが、最近腹の肉がたぷついてきた自覚のある俺は、ぐっと堪えた。
リビングを開けると、座っている父親の背中が目に入る。
「おかえり、唯希」
振り返って父が言う。
「ただいま」
微笑んでそう返した。
俺はコートを脱ぐと、父親の隣の椅子に座った。
父親は40をとっくに超えていたが、目尻に細かな皺ができてきたくらいでとても若々しい。
今日も働いた後だろうに、父からは少しも疲れた様子が見られなかった。
「仕事の方はどうなんだ?」
「まあ、順調」
俺の前に紅茶のカップを置いた母親に礼を言いながら父に応える。
「父さん。まさかまだ、俺の会社を買収しようだなんて考えてないよね?」
「唯希が望むなら、いつでもそうするつもりだよ」
父が微笑んだ。
「そんなの一生望まないから」
俺はため息をついた。
父親の樹は心配症というか過保護だ。
まず俺の入社先が自分の会社ではないことに父は激怒した。
そんな父をようやく説得し今の会社に入社したはいいが、父は俺の就職先を買収しようと考えていたのだ。
それを知った俺は慌てて父に思いとどまるように懇願した。
「なんでそんなに嫌がるんだ?お前の会社は小さいながらも優良企業だし、買って損はない。買収した後で、唯希は部長くらいから始めればいい」
「部長とか簡単に言わないでよ。この年齢で課長ってだけでも胃が痛いのに」
「唯希、体調が悪いのか?」
目の前に座った母に俺は首を振った。
「そんなことないよ。ちょっと課長って役職にプレッシャー感じているだけ」
そう答えると、ほっと母の顔が和らぐ。
母も父と同い年の男性型のオメガだが、生みの親ということで便宜上母親と呼んでいる。
母は垂れた目尻が可愛らしく、こちらもちっとも40代には見えない容姿だ。
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